日本の男はイタリアよりおしゃれ?

この年末年始、3年ぶりに日本へやって来たイタリア人の夫は、どういうわけか今回の滞在では日本のあれこれを褒めちぎり三昧(ざんまい)だった。やれ日本のご飯は何を食べてもうまい、やれ見知らぬ人が親切にしてくれる云々、好感度アップ報告が毎日絶えない。意表を突かれたのは日本人男性のおしゃれである。

かつて私はエッセイで、果たしてイタリア男はそこまでおしゃれなのか、と言及したことがある。もちろん、ミラノやローマのような大都市や、メンズファッションの見本市みたいな場所であれば、装いに力の入った男たちをいくらでも目のあたりにできるだろう。イタリアでは基本的に公務員や会社員は服装が自由である。背広を着ても下はジーンズ、セーターにスラックス、というのがほぼ定番である。なので、日本で“ちょいワル”と言われる類いの男性は、保守的なオバさん連からは「ホラ、あのピッティ・ウォモ(フィレンツェのファッション見本市)みたいな、やりすぎのイカれた男よ!」などと形容されることになる。

ちなみに我が家の男ども(夫と義父)はふたりともシャツの下には肌着を着ているし、裾は腹冷え防止のためにパンツ・イン。靴擦れや臭いを気にして革靴に素足などありえない。我が家の男どもに限らず、イタリアで接する多くの男性のスタイルはそれが基準だと言っていい。そう考えると、スーツ姿のビジネスマンを頻繁に見かける東京で、男性たちがみなおしゃれだと感じるのも納得がいく。一度夫と一緒に電車に乗ってみたが、彼の目は執拗に電車内にいる男性に向けられている。「あの人を見てよ。おしゃれだよ」と肘で何度突かれたことか。

ところが、そんな彼の日本におけるハイセンスなメンズファッションのイメージが、とある場所で一気に崩壊した。

年末の羽田空港で、我々は遅延した飛行機の影響で家族連れでごった返す搭乗ゲートにいた。疲れ果てた人々は地べたに座り込み、待ちくたびれた子どもたちも大騒ぎである。そんな中、夫がいきなり「ここにいる男性たちって、普段電車の中ではスーツ姿のあの人たちなのかな」と神妙な顔で私に問い質してきた。確かに目に付くのは家族の面倒でいっぱいいっぱいになっていて、自らのいでたちになど頓着する余地もない男性たちではあるが、その多くは普段スーツ姿で会社員をしているはずである。

「普段着だとイメージが変わるね」と感慨深げな夫。彼の視線の先には、スエットパンツ、膨らみ気味のお腹の目立つパーカーを着て、子どもの相手に勤しむ男性がいた。確かにビジネススーツ姿の人を見かけることが少ない分だけ、イタリア男性の方が家の中と外の装いのギャップがまだ少ないかもしれない。

とはいえ、イタリアへ戻るのに荷物を整理している夫のスーツケースに、家の近所にあるオーダーメイドスーツを作ってくれるお店のパンフレットが入っているのを私は見逃さなかった。照れ臭そうに「次に日本に来た時に頼んでみようかなと思って」という返事。ビジネスマンの疲れた普段着姿に衝撃を受けてもなお、夫の日本式メンズファッションへの思い入れは確固たるもののようだ。