一人の人間として親を見つめれば

親子の関係性は、どちらが強いかという勢力関係によって変わります。幼い頃は自分では何もできず、「おなかすいた」「おもちゃがほしい」と親に訴え、親はそれを聞いてくれる。親は頼れる存在で、子どもは保護される立場でした。やがて子は自立し、親は老いて勢力関係が逆転していくのです。

私がそれを実感し、親の老いを受け止められるようになったのは52歳の頃。転勤による単身赴任で、生まれて初めて一人暮らしをしたのがきっかけでした。

私自身が体力の衰えや老いを感じ始め、一人で生活することの大変さが身に染みて、二人きりで暮らす両親のことが心配になったのです。親に思いを馳せると、自分が親について何も知らないことに気づきました。そして、できる限り会いに行き、昔の話を聞くように。結婚前の両親の写真を見て、親にもこんな若い頃があったのだとしみじみ感じましたね。

恋をして結婚し、子どもを育て、職場でがんばり、退職して徐々に下降していく。当然ですが、親には親の一生があると気づきました。子どもは、親には親の役目を期待してしまうものですが、一人の人間として見れば親の老いを客観的に受け入れられるようになり、接し方も変わってくるように思います。

当時、両親は70代後半でしたが、歳をとったなとつくづく感じました。以前の父は意思が強く、感情的になることもあったけれど、だんだん自分の意見を主張しなくなり、私に従うようになった。ずいぶん弱気になり、大人しくなったな、とも。その後、どんどん衰えて弱っていく姿を見て、自分が支えてあげなければという思いが自然にわいてきたのです。

私が思うに、親の困った行動に腹が立つのは、勢力関係の移行期に入ったシグナルかもしれません。いくつになっても親はしっかりしていて自分を見守ってくれる存在であってほしい。親もそうありたいと思っているでしょう。でも、やがてそれができなくなることに対する不安や恐怖は親にも子にもある。そうした心の葛藤を乗り越えて親を受け入れるまでに、子側が学び、気持ちを整理する時間が必要なのです。

親が老いていく姿に、子どもは寂しさを感じるものです。でもそれは、いずれ自分も通る道。そういう視点で親を見つめれば、いらだちが寄り添う気持ちに変わっていくと思います。