絵:石黒亜矢子
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している「ショローの女」。夫が亡くなり、娘たちも独立、そうして伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。
2018年の帰国から3年目の今年、伊藤さんに異変が。冬でも暑がりで薄着で通していたはずが、強力なストーブや亡き母が愛用していた暖かいコートなしではいられなくなってしまったのです

春になると、あちこちに犬の毛だらけのセーターやカーディガンがころがっている。ちょうど家族のいた頃、春になってくると、こたつの中に家族の靴下がたまっているのが気になり始めたのと同じ感じだ。

こたつ。使わなくなってずいぶんになる。この冬は寒いし、猫もいることだし、あったらおもしろいなあと思って検索してみたが、買うというとこまではいかなかった。

今年の冬はたしかに寒かった。

こたつを考えたのもそのせいだし、セーターを着たのもそのせいだ。ここ数年、いやもっとかも、あたしは毛とかそういう素材の、もこもこふわふわして暖かい、セーターというものを着てない。

2018年に日本に帰ってきてからの二年間、あたしは熊本と東京の行ったり来たりで、常春のカリフォルニアとは違う寒さだって体感したはずなのに、熊本はもとより温暖で、東京の地下鉄の中は暑くてたまらずコートはいつも脱いで手に持っていたし、授業中のあたしは興奮してしゃべってるからどんどん脱いでとうとうTシャツ1枚になって、「せんせー寒くないんですか」などと学生に言われていたのだった。結局寒かったのは地下鉄から目的地へ歩く間だけで、「寒い寒い寒い」と連呼していればなんとかなった。