力にとって、漁とは海に大きな船をこぎ出していくようなイメージしかなかったが、川の漁は水と人の距離が近く、新鮮に感じられた。おじいちゃんやおばあちゃんのような年の夫婦が小船の上で二人だけで作業していたりもするし、成人したばかりだという若い漁師が父親と網を広げている場合もあった。
 観光船が通るのに合わせて、その時間に漁を見せる約束になっている漁師もいるようで、遼もその一人だった。力たちを乗せた観光船が、遼の乗る木製の舟のすぐ近くまで来て停まった。
 ガイドの女性が、「はい、この川一番のイケメン漁師の遼くんです。どうですか、獲れますかー?」と声をかけ、心得た様子の遼が「まぁまぁッス」と微笑む。エビを獲る様子を見せてくれた。
 ガイドが漁について説明する。
「はい、これが四万十川でよく行われているエビ漁の一種で、柴づけ漁と言います。やり方は、まずはおじいさんが山へ柴刈りに……。じゃなくって、遼くんはまだ二十歳のイケメンなので、おじいさんは失礼でしたね」
 船内から笑いが起きた。
 柴づけ漁は、山で刈ってきた柴の木の細い枝を二十本近く束ね、それを川に沈めておく漁だ。何日か沈めておくと、エビが枝の中を住処にする。そうやって住みついたエビたちを引き上げるという方法だ。
 遼が今引き上げたエビたちは、あの日、観光船で見た時よりも数が多いように思えた。何より目の前でエビがこんなにぴょんぴょん跳ねている。迫力がまったく違う。
 四日前、柴を刈って束ね、沈めるところから、力は一緒にやらせてもらった。束ねる紐の結び方が弱いと言われて、顔と手のひらを真っ赤にして縛り上げた仕掛けを引き上げる日を、今か今かと楽しみにしていたのだ。
「すっげぇ。こいつら、体よりハサミの方が長いんだね」
 テナガエビの体はだいたい五センチぐらいだが、腕は八センチはあるだろうか。力の呟きに、遼が「そうやけんテナガ言うがよ」と笑った。
「ほら、この小さいがはスジエビ。こっちはヌマエビ」
 力はおっかなびっくり網の中を覗き込み、エビが一匹跳ねるごとに思わずびくっと身を引いてしまうけれど、遼が小さなエビの腹を片手で掴んで見せてくれる。
 力が顔を近づけた途端、遼の指と指の間から、クリップが弾かれるような具合にエビがぱちんと跳ねて「わっ」と体を反らした。
「力、ビビりすぎ」
 遼がおかしそうに笑う。よく日焼けした頬の皮が少しむけている。
 八月の舟の上は、陽射しは強いが、川面を撫でる風が心地よかった。
「力の母ちゃんのとこの食堂で素揚げにしてもろうて食うか」
「うん」
 この川の周辺に来てから、力には初めて知ったことがたくさんあった。
 ゴリと呼ばれる小さな魚を母のいる食堂で初めて食べた。アオサの味噌汁を初めて飲んだ。
 チヌという魚の名前も初めて聞いたし、そのチヌを、遼や遼の父親たちが「青のりの季節はのりを食べようけん、チヌものりの匂いと味になる」と言っていて驚いた。魚の味はただ魚の味だと思っていたけれど、魚だって何かを食べて、それが体を作っているのだから、何を食べているかによって味が違うのは当然なのかもしれない。自分たちは生き物たちを食べているのだ、と初めて思った。