「力、何歳やったかねえ」
 船を下流に向けながら、遼が聞く。
「小五」
「ってことは何歳だ?」
 学年まではすぐに出てくるが、年を答えることは普段少ないから咄嗟に口ごもる。ちょっと考えて、「十歳」と答えた。遼が太陽に「あっちいなぁ」と目を細め、続けて教えてくれる。
「俺がお前くらいの年の頃は、よく川にウナギの稚魚を探しに行ったねや。見つけたらちょっとした小遣い稼ぎになるけん、友達とようやったよ。懐かしい」
 空を見上げると、四万十川に負けないほど、青一色だった。まるで、クレヨンで隙間なく塗りつぶしでもしたように、視界の端から端までぜんぶ同じ色をしている。

 川を下る途中で、ふと、おもしろいものを見る。
 水面から十メートル近い川沿いの木々の枝に、泥やゴミのようなものがいくつも引っ掛かっている。一体どうして──と思っていると、力の視線に気づいたのか、遼が教えてくれた。
「ああ、この間の台風。川の水が増えてこの辺まで来たがぜ」
「こんなに高く?」
 先週の台風の日、力は母に家の外に出ないようにときつく言われていた。特に川には絶対に近づかないように、と。
 大袈裟だと思ったし、水が増えて川がいつもの様子と違っているならぜひ見てみたいと思っていたくらいだったのに、まさか、こんなに──、とゴミの引っ掛かった、自分の遥か頭上を仰ぐ。今は穏やかに木漏れ日を注ぐ枝は、見上げると首が痛くなるほどで、自分の身長をゆうに超えた高さの水を想像するとぞっとした。
「エビ漁は柴づけ漁の他にも、コロバシ漁って方法もある。米ぬかを入れた塩ビの筒を一晩沈めて、やっぱり住みつくがを待って引き上げる」
「うん」
「そっちの仕掛けも、これまで何度も台風で流された」
「悔しい?」
「いいや」
 首を振る遼の顔は明るかった。
「そのおかげで水がきれいなままながと、父ちゃんたちも言いよる」
「そっか」
 遼の父親は、遼よりさらに日焼けした、身体の大きなとても元気のいい人だ。高知に来て、慣れない土地で船着場と川の近くを一人でブラブラしていた力に、「どこの学校だ? 友達は?」と話しかけてきた。
 夏休みで、東京から来ていることを伝えると、遼に向けて「夏の間、弟子にするか?」と言ってくれた。
「今月が終わったら、東京のお父さんのとこに戻るがやろ? あとちょっとか」
 船が着く頃になって、遼に尋ねられ、力は「ん」と頷いた。
 東京に戻るのはそうだろうけど、そこに父が待っているのかどうかはわからなかった。高知に来てから、母は、父の話も東京の話も力にまったくしようとしない。
「さみしくなるな」
「ん」
「向こう帰ってもまた来いや」
「……うん」
 返事をしながら遼から顔を逸らし、しゃがんで、獲ってきたエビを見る。白く光るエビの腹の上で、水しぶきが眩く弾ける。
 再び立ち上がって下流に目をやる。力が一枚の布のようだと思った川は、どこまでもどこまでも果てなく続いているようだ。下に行くにしたがって、川幅がどんどん広くなるように思えた。