「アオサの天ぷら、出ます!」
 厨房の窪内からの声に、早苗は振り向く。
「はいよっ、今行きます」
 昼時の『多和田屋』は、一日のうちで一番忙しい。
 一階が名産の土産物屋、二階が食堂になっているドライブインは、ツアーなどの団体客がバスで大勢立ち寄る。
 ワンフロアの食堂は、長テーブルの席が全部で十一列。時間差で予約した客たちが一時間ほどで川魚や天ぷら、うどんなどが並んだ昼食を食べ、一階の土産物屋を見て、また出ていく。
 夏休みともなると、十一時半に入った人たちが出た後で一度席を片付けて、同じテーブルの列に一時半には別の客を入れる。この入れ替えの時間が食堂は一番忙しい。
 厨房から受け取った面積の広い盆の上から、一つ一つアオサの天ぷらを席に置いていく。天ぷらは、できたてと時間が経ってからでは風味が全然違うから、客が来る前に置いてしまうというのが、ここに来て三週間以上経った今も早苗にはもったいないように感じられる。

「ゴリの卵とじ、もうすぐ出ます」
「はいよっ」
「はいよっ」
 早苗が答えると、ちょうど、自分の後ろで同じように天ぷらを並べていた聖子と声が揃った。聖子とともに厨房まで次の料理を取りに行く。料理を盆にひとつひとつ載せる間、胸のところに「多和田屋」の名が入った割烹着に三角巾姿の聖子が笑った。
「早苗、『はいよっ』って言えるようになったね」
「え?」
「最初は、『よっ』ってつけられてなかった。『はいっ』って一生懸命返事してたけど、慣れてきたんだなぁって思って」
「あ」
 ちょっと前から自分で意識的に変えたことだった。砕けた言い方をするのが、昔からの従業員でもないのに図々しいような気がして遠慮していたのだけど、少し前からやっぱり言ってみたくなった。
 おかしかったろうか、と思う早苗の気持ちを読むように、聖子がまた笑う。何も口に出していないのに「いいと思うよ」と短く言って、料理を載せた盆を一足先に厨房から席に運んでいく。
 バス会社のガイドに案内されながら、団体客が次々と食堂に入ってくる。
「いらっしゃいませー」
 早苗は、他の従業員と一緒に顔だけ上げて、手元を動かしながら彼らを迎える。
 南側の窓に面した長テーブルの一列は、他のテーブルのものより千円高い、ウナギがつく食事のコースだ。
「ウナギ、出ます」の声に合わせて、早苗は少し面映ゆい気持ちになりながら、また「はいよっ」と返事をする。
 あわただしい昼の時間が過ぎて二時になると、従業員たちも少し息がつけるようになる。
 昼食が終わってしまえば、夕方や夜にやってくるのは近所の人や個人の観光客が中心になる。団体客の予約もたまに入るが、このあたりに観光に来る人たちは、だいたいが旅館やホテルで夕食をすます。
 一時半に入った客たちが食事をする横で、早苗は他の客たちの食事の片付けを始める。入れ替え前と違って後ろの時間を気にしなくていいのがありがたい。