「私が本を書くのは、いつも医療現場で行き詰まったときなんです。今、何が起こっているのかを自分で整理したかった」(夏川さん)

正解とは言えなくても、最善の道を選んだ

坂本 そもそも夏川さんが『臨床の砦』を書かれたのは、コロナの医療現場で起きていることを伝えたいという思いからですか?

夏川 いえ、最初は違います。私が本を書くのはいつも医療現場で行き詰まったときなんです。今、何が起こっているのかを自分で整理したかった。目の前にいる患者さんには肺炎の症状がある。でも病院もホテルもいっぱい。

そんなとき、不安がる患者さんに、何の根拠もなく「大丈夫だから、家で待機してください」と笑顔で言わなくてはなりません。大丈夫かどうかなんてわからないのに。これが続くと、こちらの心が壊れてくるんですよ。なんとか心を立て直したいという思いで書き始めました。

坂本 結果的には、1つの現場の本当の姿を発信することになりましたね。本の中に「正解とは言えなくても、最善の道を選んだ」というフレーズがありました。新興感染症と向き合うということは、本当にこれの連続だと思います。正解は見えづらいけれど、最善を選び続けてノウハウを蓄積させていく。

新型コロナウイルスはどこからともなくノミのように飛んできてうつるわけではありません。感染経路に当たりをつけてそこを断ち切れば、そんなに簡単には感染しない。今回のパンデミックでは、国内外の流行地域の医療従事者からSNSなどを通して迅速に情報が発信されたことで、対応に活かしやすかった面があります。

夏川 とくに感染拡大初期の治療は手探りだったので、病院に坂本さんのような感染予防のトレーニングを受けた専門家がいてくれたらどんなに心強かったか。医師といえども感染症の素人が必死に闘っているような感じでしたから。

坂本 一定規模以上の病院の多くには、感染予防のトレーニングを受けた人が配置されています。だから、感染症対策がわからず困ったということは、初期のうちにはあったと思いますが、だんだんと解消されてきているのではないでしょうか。

ただ、夏川さんのいらっしゃるような地方の300床未満の小規模病院とか、大都市圏でも高齢者施設などとなると、専門的な助言が得られにくい状況にあると聞いています。

夏川 長野県の場合、感染症指定医療機関には200床前後の小規模な施設もあり、中には150床以下の病院もあります。私の知る限りでは、この規模の病院には感染症の専門スタッフはほとんど配置されていませんが、多くの患者を受け入れざるをえない状態が続いています。一方で、感染症の専門スタッフがいる400床超えの大病院の多くが、コロナ診療を断ったという地域もありました。

坂本 大都市圏と地方とでは状況は少し違いますよね。東京では、第一波以降は大学病院を含めてコロナの診療に関わる大病院が増えました。夏川さんの本を読んでいても、都内と地方の医療キャパシティの差を大きく感じました。