サリンもMERSも、要請があれば受け入れる
夏川 坂本さんのいらっしゃる聖路加国際病院では、コロナ患者受け入れにあたって反対意見はまったく出なかったんでしょうか。みんなで立ち向かおうという前向きな空気は自然に作り続けられるものなのですか。
坂本 危機的な状況のときほど、「ウチがやらねば」という雰囲気になる病院であることは確かですね。地下鉄サリン事件が起きたときも患者を積極的に受け入れたし、MERSだろうが新型コロナだろうが、要請があればやりますよ、というスタンスです。組織内の横の連携がいいので、各部門が自分たちの役割を積極的に探して、担おうとするカルチャーもあります。夏川さんの病院では、どんな経緯で受け入れが決まったのですか。
夏川 厚生労働省からのクルーズ船患者の受け入れ要請にどう対応するか。答えを出すための会議のことはよく覚えています。呼吸器の専門家も、感染症のトレーニングを受けた人も、看護師を含めてもいない。
今でこそ工事をして陰圧室(室内の気圧を室外より低くし、ウイルス等で汚染された空気を室外に逃さないようにする部屋)を作りましたが、その時点では設備は不十分で、換気扇をたくさん設置してさらに扇風機で空気を動かしていました。この環境で、未知の感染症を受け入れて果たして大丈夫なのか。
坂本 担当するのは内科の先生方ですか?
夏川 内科と外科のドクター全員、10人ちょっとで感染症の診療にあたっています。関わりの少ない科の先生方からは、よくわからない病気に対する恐怖感から反対意見が出され、内科の先生の中にも日常の医療が崩壊するのではという不安から、反対の声が上がりました。
私自身は、ある種の使命感があって「病院としてやるべきだ」と意見を表明した記憶があります。単純に「自分は医者だから」という甘い認識からでしたが。「診るべきだ」と口にするドクターはたくさんいらして、すばらしい人たちがいっぱいいるなと思いました。
坂本 今、現場はどんな状況なのでしょうか。
怖いのは命を落とすことより風評被害
夏川 さきほど坂本さんがおっしゃったように、感染する恐怖に怯えながらの治療ということは、今はありません。現場の疲弊感の原因は、感染の恐怖そのものよりも業務量なんです。通常の一般診療は制限しない方針なので、これにコロナ対応が加わって、休みがほとんどとれません。私は5月の連休が終わってから1日も休めていない。
それから、感染した場合に命を落とす恐怖よりも、小さな町ですから風評被害が怖いのです。どこそこのドクターのお子さんに陽性が出たとなれば、その子の立場は非常に厳しいものになります。一時的なものでしたが、私が勤務する病院の看護師さんの子どもとは遊ぶべきじゃないと、その子の通う学校のPTAで言われた、という話もありました。
嫌がらせではなく、わが子を守りたいのは親としては当然の気持ちでしょう。ですから、医療従事者は今、圧倒的な業務量と、万一家庭に持ち込んだときに生活を崩壊させてしまう恐怖に怯えています。