たったそれだけでテニス部員たちは一瞬静まり、次に軽くどよめいた。井ノ川の笑みは親しみを感じさせるものではまったくなかった。女王が民衆に向けるそれに近かった。でも圧倒的に華やかだった。濃紺のジャージを着て走っているのに。さすがだ。また、井ノ川はつんと無視することもできた。でも三井の声に応えた。
 こういう和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気。これが放課後だ。両腕を天に突き上げ、伸びをする。新年度、私は新たなクラス分けを内心心配していた。でも蓋を開けてみれば、一学年六クラスの顔ぶれは前年とあまり変わらず、去年に引き続いて一番親しい三井や室田と同じクラスになれた。井ノ川もだ。井ノ川グループとはあまり話さないが、彼女らがいてくれるだけで六組の地位が上がる気がする。とにかく文系私大組万歳だ。
「桜庭、また明日!」
 バスの時間が近づいたのでその場を去ろうとすると、やっぱり三井は声をかけてくれた。三井につられたのか、他のテニス部員も「気をつけて」「じゃあね」などと手を振ってくれる。私ももちろん手を振り返す。いつ見ても硬式テニス部は雰囲気がいい。三年六組の雰囲気と似ている。

  *

「なあ、富岡。サッカー部のギャラリー、すごくね?」
 メディシンボールを放り上げる役目の足立(あだち)が手を止めた。ボールが来なければ俺もどうしようもない。緩く投げられたボールを肩に当てて返すというタックルの基本練習をしていたのだが、俺も足立に倣ってサッカー部のいる方角を眺める。サッカー部はグラウンド中央に集まっていた。ユニフォームを着ている連中とその上にビブスをつけている連中がいる。
「そういや嵯峨(さが)、紅白試合だって言ってなかったか」
「嵯峨は順当にユニフォーム組だな」
 試合が始まった。最初からどちらも気合が入っている。レギュラー争いがあるのだろう。
 サッカー部や野球部は花形だが、ラグビー部は残念ながら女子にはあまり人気がなかった。むさ苦しいと思われているらしい。ギャラリーの中の女子生徒を数えていると、やたら可愛らしい声で目立つ木下(きのした)を見つけた。彼女の隣には我妻(わがつま)もいる。マネージャーの安生(あんじょう)から応援に誘われたのかもしれない。嵯峨とつるんでいる花田と中山も現れた。
 ああいう目立つグループに所属するのはどういう感じなのかと、想像することがある。普通に高校生活を送るよりも楽しいことは増えるのではないか。花田たち男子のトップリーグ三名は気さくで陽気だ。率先してクラスの男子生徒を昼休みのバスケットボールなどに誘う。彼らのおかげで三年六組のムードは明るい。
「桜庭ー! 勉強しなよ!」
 校庭の隣にあるテニスコートから、三井の声が届いた。足立が笑った。
「バッカでかい声だな」
「マジでデカかったな」