「あーあ。なんかピザとか食いてえな」
 花田がふいにそんなことを言った。すると安生が食いついた。
「あ、いいね。パッチーニ行かない? 麻生(あさぶ)にできたじゃん」
 高校前の停留所からバス一本で繋がっている地下鉄駅に、最近パッチーニというイタリアンレストランができたのだった。窯焼きピザやパスタ、デザートメニューが豊富で、シェアすることを考えれば高校生でも手が届く店だった。
 何より、ファストフード店よりは格好がつく。そこいらの有象無象(うぞうむぞう)の連中と顔を合わせる確率も下がる。
「パッチーニ、いいね。行こう」
「俺まだ一回しか行ったことねーわ」
「クラT着てるんだけど、俺」
「いいじゃん、その上にブレザーはおるだけで」
 話はすぐにまとまった。生徒たちの影はいよいよ青く、いびつな花火はまだ終わっていなかった。
 西の空にスピカが薄く輝きだした。

  *

『三年六組同窓会&タイムカプセル開封イベントのお知らせ

 第二十七期北海道立白麗高等学校三年六組の皆さま、お久しぶりです。私たちが卒業して十年になります。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
 かねてより卒業後十周年の節目にクラス同窓会を開催する予定でありましたが、その日程が決まりましたのでお知らせいたします。
 当日は、高校時代の思い出話に花を咲かせながら、お互いの近況を語り合いましょう。
 もちろん、担任の南先生にもご案内しています。
 また、当日は学校祭最終日に埋めたタイムカプセルも掘り出す予定です。十年前の青春時代の私たちとの再会の日です。
 皆さまお誘いあわせの上、開封式にもぜひご参加ください。
 往復はがきをお送りしていますので、お返事お待ちしています。
 こちらのアカウントにDMいただいても結構です。
 それでは、一人でも多くの方々に会えることを楽しみにしております!

 同窓会まで、あと100日!

●往復はがきが戻ってきてしまった人にも連絡を取りたいです! 該当者の一部伏せ字にした氏名を公開しますので、情報をお待ちしています!
●同窓生以外の書き込みはご遠慮ください。

 幹事(SNS担当) 井ノ川東子』

  *

 スマートフォンの画面で投稿内容を確認し、私はかたわらのナッツをつまむ。
 まったく、余計な手間を増やしてくれたものだ。
 当たり前だが、幹事は私の望んだ役目ではなかった。そもそも忙しい。職業柄、おそらくかつて三年六組だったクラスメイトの中で、一番忙しいのではないか。にもかかわらず幹事を頼まれたのは、まさに今の職業に関係がある。
 ローカル局とはいえ民放女子アナという肩書きは、そこいらの一般人とは一線を画する。それに今は動画配信サービスがある。ナレーションとアシスタントを担当したバラエティー番組がネット配信で全国的な人気を博したことに連動し、私はローカルにはとどまらない知名度を得ている。メインの幹事である磯部から、「SNSで呼びかけるだけでいいから」「アカウントもこっちで用意するから」としつこく頼み込まれたその裏側には、私の知名度に乗っかろうという魂胆(こんたん)が透けていた。元クラスメイトだった井ノ川が有名人になった、有名人の井ノ川が呼びかけるのなら同窓会にも出ようか、といった流れを期待されているのだ。
 要は、人寄せパンダである。
 とは言うものの、そんな役回りを私は誇らしく受け入れている。それだけ自分には価値があるという証左だからだ。就活の際の自己分析でも思ったが、私は昔から人の価値に敏感な面がある。誰に何と評されようと自分は自分と、ランク付けに背を向ける輩(やから)も一定数いるものだが、そういう人間はランキング弱者ゆえにランキングから逃げているのだと私は思っている。
 中学時代から密かにマスコミ業界を目指していたのも、父が新聞社に勤めていたからだけじゃない。私は己の価値をさらに高めたかった。父を介して見てきたマスコミ業界の女性は、みんな自立して高みにいた。有名人とも対等に渡り合い、インタビューし、情報を聞き出し発信する。現代社会において情報を発信する側と受け取る側、どちらに価値があるかは言うまでもない。ましてや女子アナともなれば、女としてのステータスも最上級だ。社会的保障のあるインテリ芸能人枠みたいなものだ―と口にしてしまおうものなら、まるで他人から特別な評価を受けたいためだけにアナウンサーになったみたいだが、それだけではない。決められた原稿を喋るだけではなく、いつかは制作にも携わってみたいという希望が私にはあった。局には深夜枠だが月に一度三十分のドキュメンタリー枠がある。一本でも制作にかかわった番組があれば、フリーになったあとも幅広く活動できる。私はマルチでありたいのだ。
 つらつら考えつつ、スマホ画面を眺める。万が一集まりが悪かったら、私の力が足りなかった、みたいなことになるのだろうか。
 テーブルには実家から転送されてきた往復はがきが放置されている。体を伸ばして私はそれを手に取った。
 日程は今年の五月五日。ゴールデンウィークの終盤である。全国に散った社会人が集まるには、お盆や年末年始、もしくはこういう大型連休くらいしかないのはわかるが、自分ならば連休明けに備えてゆっくりしたい時期だ。私はスケジュールを頭の中で確認した。現状担当しているのは平日の番組だから、取ろうと思えば有休を取れるが、面倒だなという気持ちが先に立つ。都内在住の身にしてみれば、この同窓会のせいで復路の日付がほぼ限定されてしまう。同窓会の開始時刻は午後一時。終了後、会場のホテルから札幌市北区の白麗高等学校へ移動し、タイムカプセルを開封するという流れで、五日の内に東京に戻ろうとするならば、結構頑張らなければならない。それほどの労力に見合う見返りが同窓会にはない。
 わけても、タイムカプセル開封式だ。