家督を継ぐということはそういうことなのか?

さかのぼれば祖父や祖母もまた、たいそう跡取りを可愛がった。お祭りがあっても、連れて行ってもらえるのは跡取りだけ。小遣いをもらえるのも跡取りだけ。女の私は、いずれ嫁に行く子だからと厳しくしつけられ、跡取りのように無条件に可愛がってもらった思い出はない。大人になってからも、下の弟や私は、早くこの家を出なくてはと、焦っていた気がする。

もちろん、跡取り本人が家督を継ぐことをどのように感じていたのかはわからないが、けっこう重荷だったのでは、と最近は思う。よそでは穏やかでいい子という評判だったが、父、私、弟には言葉の暴力を振るってきた。弟は福岡に移ってすぐに、「もう愛知には来るな」と言われていたらしい。「兄弟の縁を切る」とも。

世間に憚るところのない、誇れる**家を演出するためには、姉弟に罪をかぶせることも厭わない。邪魔なやつは排除する。家督を継ぐということはそういうことなのだ、という考えが、跡取り夫婦にはあったのだと思う。

そんな実家に、どうして愛着を持ち続けることができるだろう。8年前に父が亡くなり、相続の話し合いをした時、義妹は「家業を継ぐということは、ほとんどの遺産をもらえるということ。これはどこでもそうだ」と主張した。

そこで私は、「それは父と弟の面倒を、責任を持って最後までみてくれたら、の話じゃないの?  私が父と弟を抱えて大変だった時、あんたたちは一度も助けてくれなかった。私と弟は、ずいぶん前から自分たちにはお在所(実家)はないと思っている。もうこれ以上、あなたたちとは関わり合いたくない」と宣言したのだ。

そう、これでいい。まだ事務的な手続きは残っているが、私が先に亡くなっても葬式に来てくれなくていい。香典もいらない。


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