お客さんが来ないのは「時代」のせい?
伯山 この本は石井英子席亭と先代の神田伯山先生(五代目)が言い争っているところから始まるんです。席亭が「時代にあった講釈をやって、若いお客さんを呼んでくださいよ」というと、伯山先生が「昔から受け継いできた芸をちゃんとやればお客はついてくるんです」と答えて、言い争いになる。
琴調 本牧亭があったのは戦後の高度経済成長期からバブルが弾ける前。そのころのお客様は、おじいちゃんしかいませんよ。
伯山 バブル絶頂でものすごいお金がまわってる時に、本牧亭には誰も来なかったと。ノスタルジーなんか求めていないんでしょうね、時代がイケイケだから。今だったら「桟敷席も風情があっていいね」ってなるでしょうけど。
琴調 昔の常連はほとんど笑わない。小沢昭一さんがどこかで書いていらしたけど、先代の神田松鯉先生(二代目)がくだらないことを言ったんで「わはは」と笑ったら、常連のおじいさんたちにジロリとにらまれた。「講談は笑っちゃいけないんだ」と思いながら帰ろうとすると、常連たちが「いやあ、今日の松鯉は笑いましたな」って言い合ってる。「笑ってたの!?」って。
伯山 先生が宝井馬琴先生(五代目)に入門したときは、建て替えてから何年目くらいでしたか?
琴調 一、二年目くらいかな。
伯山 その時はお客さんも来てたんじゃないですか?
琴調 できてすぐの頃は、新しい本牧亭を見たくてやってくるお客もいたらしいけど、俺が入ったころはぴたっと来なくなった。楽屋の先生たちが「まったく、どうなってんだ世の中は」「来んな、客が」って。「『来んな』って、来ないよ、何にもしなきゃ」って思うんだけどさ。(笑)
伯山 誰も自分たちのことを責めず。(笑)
琴調 全員が、お客の来ないのを「時代」のせいにしてたもんね。