「熟練の技」 林真理子


この作品は既に別の文学賞を獲得し、私もその選考に携わっている。そこでも激賞した、間違いなく昨年から今年を代表する小説であろう。

「現代のリアルを表現している」

というのはありきたりの言葉であるが、それを実際にやり遂げるというのはどれほど大変なことか。

私を含めて多くの作家が、地方都市で暮らす、ごく平凡な女性を描いてみたいと願うが、殺人も不倫もなく、読者に最後まで読ませるのがどれほど困難なことかわかるはずだ。

山本文緒さんはそれを成功させた。筆力はもちろん、構成力も見事である。主人公は地方のアウトレットモールの店につとめる若い女性だ。実家から通っていて、これといった不幸はまだ起きていない。彼女はやがて若い男性と出会い恋をする。楽しい恋愛期間が終わると〈審査〉と〈決断〉を迫られる。本当にこの男性でいいのだろうか、自分にはもっと別の人生があるのではなかろうか、という主人公の迷いを作者は緻密な筆で描いていく。その一部始終が少しも退屈しないどころか、ぐいぐいひき込まれていくのである。

最初と最後のトリックが、いらないのではないかという意見があったが、私はあった方がよいと考える。物語の始めに、あたかも結末めいたことを書いて、読者をちょいとひっかける。これはかなりの熟練の技であろう。

 

「正直さと誠実さ」 村山由佳

さすがの手練れである。冒頭からぐいぐいと引き込まれ、最後までひと息に読まされてしまった。

ある地方の中都市の閉塞感、そこから出ずに生きる若者たちのコンプレックスと自負(=自分に付ける値段)。彼らの、まだ幼さの残る相克が描かれてゆくのだが、若いのに残り時間の少なさや経済の先行きに不安を抱き、焦って苛立ったり、あきらめきれずに妬んだりといった心情の表現がじつにリアルなのだ。〈田舎あるある〉的リアルをちりばめるだけなら誰でもできるけれど、著者はそこに紛れもない作家の目を注ぎ、あくまでも表現と描写によって、表層よりも遥か深いところにある真実へと手を伸ばす。人物一人ひとりの内面をことごとく〈言葉で〉捕まえることに成功しているからこそのリアリティ。

とくに貫一という男の描き方には舌を巻いた。善と悪のどちらにも分けられない、見る者の立場や心模様などその時々の状況によっていくらでも評価の変わる男。とはいえ、人間とはそもそもそういう存在ではなかろうか。主人公の都にしても、恋愛のさなかにあってさえ相手を本当に好きかどうか確信が持てずに揺れるが、自分の依存心にけりを付けて初めて、彼女はひとを条件抜きで見ることのできる女性へと変貌してゆく。彼ら二人の正直さは、書き手自身のそれでもあろう。

作家は大きな噓を書くのが仕事だが、作家自身の仕事に噓があってはならない。山本さんの正直で誠実な筆が、賞をたぐり寄せたのだと感じている。心よりお祝い申し上げます。