話し相手ができたと心は弾むが
40代初めのころ、父の脳梗塞と、自分の子宮筋腫で気がふさいでいた私。気分転換にと、人生で初めてスポーツクラブに通い始めた。歩いて15分のクラブを選び、値引き率の高い年間払いで、ヨガとエアロビのコースに通う。リズムに合わせて踊ることが楽しく、昔ディスコで踊った勘が戻って嬉しくなる。そして、シャワーのあと、マッサージ機でまどろむのが、至福の時間になった。
ある日、目を閉じてマッサージ機にかかっていると、「ちょっと、ちょっと」と声が聞こえる。どうやら私に話しかけているようだ。目を開けると、私の眼前に70代くらいの女性。「あなた最近よく見るわね、私トモコっていうの。よろしくね」と丁寧に挨拶をされた。年配の女性と話をするのは心が休まるもので、私は話し相手ができたことに胸が弾んだ。
数日後も、マッサージ機にいると、同じ声で目を覚ました。トモコさんが隣に座っている。すると彼女は自分の自己紹介に始まり、家族構成、過去の経歴、最近の趣味などを機関銃のようにしゃべりはじめた。マッサージ機は小一時間止まらないため、終わるまで聞き続けなければならない。それでも、話題が彼女の話に終始していた間はまだよかった。
会うたびに食事をチェックされ
ある日、トモコさんが「あなた鉄分とらなきゃだめよ。色白というより、血の気がないわ」という。彼女の前歴は中学校の家庭科の教師と聞いていたが、確かにその指摘は的を射ていた。子宮筋腫になってから、私の血液中の鉄分量は通常の半分以下。医者からは手術をすすめられていたほどだ。彼女から指摘を受けた時は感服し、鉄分を多く含む食品をメモに書いて渡してくれて、とても嬉しかった。
しかし喜びもつかの間。彼女は会うたびに食事チェックをしてくるようになった。いい加減、面倒になって適当に答えていたが、それが彼女の癇にさわったのだろう。ある時、私の目の前に立つと何の予告もなく、私の両目の下まぶたあたりを「あっかんべー」の時のように思い切り下げて、「真っ白じゃない。鉄分が足りてたら、ここは赤いはず。まだまだ努力が足りないわよ!」と責めたてるのだ。
私はさすがに怒りを覚えた。これでも一応美容に気を遣い、目の下の皮膚を手入れする時は、なみなみならぬ努力と注意を払っている。そのデリケートゾーンを、何の躊躇もなく思いっきりひっぱるなんて。若ければ肌もすぐに元に戻るかもしれないが、40を過ぎれば、なにが致命傷になるかわからない。その無神経さにはあきれ果てた。