ショーウィンドウに映るわが身を見て

巷では、人生百年時代だなんて嫌だねえ、という向きもあるようですが、僕は長生きしようと心がけています。これから自分がどうなっていくのか、興味があるから。死んだあとのことはどうでもいいのだけれど、死ぬまでのことは、たとえヨボヨボになっても、体のどこかに痛みが生じても、「なるほど、こういうことが起こるのか」と観察していたいですね。老人になるのは初めてなので新鮮だし、八十半ばを過ぎた頃から、どうせならいいことも悪いことも、できるだけ多くの経験をしようと考えるようになりました。

もちろん健康には気をつけています。肺気腫があるので定期的に病院へ行って薬を処方してもらっていますし、眠れないと翌日が使いものにならないので誘眠剤も。それからこれは医者には内緒だけど、煙草を1日に20本ほど。お陰で毎日非常に調子がいい。(笑)

昔、『最後の喫煙者』という短篇で、健康ファシズムが行きすぎた社会への皮肉をたっぷりと盛り込んでやったことがあります。なにしろこっちはかなり若いときから喫煙しているのだから、今さらやめろと言われてもね。煙草を吸わない人でも肺がんを患う人はいるし、一方で私の傍らに長いこといるカミさんはピンシャンしています。こうした愛煙家の主張に少しも耳を傾けない世の中は、偏りすぎていて危険だという気がするけどね。いや、深くは考えまい。ストレスが溜まるから。(笑)

健康の最大の敵はストレスです。そればかりか、ストレスがあると人間は一気に老けてしまいます。だからできるだけ不愉快な出来事はなかったことにする。それが無理なら、わが身の悲劇を面白がる。たとえ転んでも、転んだ自分の姿を滑稽だと笑えばいいのです。あははははと笑っているだけで若々しくいられる気がするじゃないですか。