やり残した仕事があったと思う

しかし、この世の煩悩を100%解決して死ねる人なんていませんよ。なんだかんだ解決できない問題を抱えてあの世へ行く。瀬戸内さんもあれだけ膨大な作品を書きながら、まだやり残した仕事があったと思う。

純文学を指向されていたけれど、作品は大衆性が強かった。僕としては私小説の枠を超え、文学史に刻まれるような純粋性、透明性を持った作品を書いてもらいたかったな。今、瀬戸内さんに聞こえるようにしゃべっていますけれど。(笑)

世間で「99歳の大往生」みたいに美化するのは、幻想に過ぎないと思う。僕自身は、裏も表もひっくるめて50年以上つきあってきましたから。友人知人はたくさんいますが、瀬戸内さんのようなつきあいができる人は、ほかにいません。空気のような、自然体の関係というのかな。それは、僕らが互いに「要求するもの」が何もなかったからだと思う。

気が合うというより、僕らは意外と似た部分がありました。僕が持っている欠点と長所を、瀬戸内さんも持っていた。普通はそんな相手とはぶつかるものでしょうが、僕らはその嫌な部分も「鏡」のように観察しあうことで、不思議な関係が長く続いたのでしょうね。

今の僕に、寂しいという気持ちはありません。やがて自分も行く世界に瀬戸内さんが先に行っているだけです。