「自分は守られている」と思うのは幻想

小林 福祉事務所は、生活保護の人数を増やしたくないという気持ちが潜在的にあるのではないかと思います。都市部ではケースワーカーひとりの担当件数が100件を超える場合も珍しくありません。とてもまともなケースワークができる状態ではないのです。一時期の公務員バッシングで職員数が減らされたり、忙しすぎて新人の教育がままならなかったりという構造的な問題も背景にあります。

『やさしい猫』(著:中島京子/中央公論新社)

中島 粘り強く交渉するのは大変でしょうけれど、支援のお陰で助かった方がいると伺うと本当に良かったと思います。

小林 一足飛びで世間の言う「自立(=就労)」までいかなくても、ただ元気でいるだけでも十分です。ご飯もろくに食べられない、医療も受けられないマイナス地点からようやくゼロ地点になったのですから。若い人たちの今を支え、今後の人生を変える制度だと思います。

中島 非正規雇用などで経済的に不安定だった方だけでなく、正社員で自分はこの先路頭に迷うことなどないと信じていた人でも仕事を失ったり、住む家がなくなって困っているのがコロナ禍での大きな特徴ですね。

小林 ええ。貧困は誰にとっても他人事ではなくなりました。

中島 「自分は守られている」と思うのは幻想だった。弱い立場にある人たちが守られない社会は自分も守られない社会だということを、今回はすごく思い知らされました。そんななか、生活保護申請の際に申請者の親族に援助を打診する「扶養照会」において本人の意思を一定尊重するようにと、今年の4月から運用が変わったのは画期的でした。従来から批判が多かったですよね。

小林 ええ。信じられないような変化です。これまでは家族に知らされるのがイヤで生活保護の申請をためらう人がたくさんいらっしゃいましたから。