(イラスト:ソリマチアキラ)
厚生労働省の2021年度調査では、路上生活者の数は全国で3824人。14年前の調査に比べると8割ほど減少しています。55%は仕事を持っており、「日給の仕事」「アルミ缶のリサイクル」「読み捨ての雑誌などを拾って売る」が主です。菅野波子さん(神奈川県・パート・72歳)の夫は、かつては羽振りのよい商売をしていたものの、借金を抱え、古本あさりをしていたところを近所の女性に目撃されます。一方で、古本を売ることでホームレスの仲間を見つけたとか。孤独な無職の男性が見つけた人生の「やりがい」。尻ぬぐいをする妻の心境は……。

夜が明けきらぬうちに出かける先は

「じゃあ、ちょっと行ってくるからな」と、夫は夜が明け切らぬうちに出かけていく。マスク、ニット帽で顔を隠して。昔住んでいた家の大家さんに頼まれごとをされているのだ。

愛猫家の彼女は、野良猫にエサを与えていた。雌猫には自費で避妊手術までしてやる。
エサを置く場所は駐車場の裏や八百屋の隅など5ヵ所。時間も決まっている。

そもそもなんで夫に白羽の矢が立ったかというと、恥ずかしい場面を彼女に目撃されたから。突然の事故で亡くなった息子は、ときどき捨ててある古本を拾っては金に換えていた。そんな息子が遺していった古本を集めて売りにいったのが、夫の運の尽き。金をせしめて病みつきになったのだろう。ときどき、資源ゴミの日にマスクで顔を隠して出かけるようになった。

ある朝、ゴミ置場で懸命に古本あさりをしている夫を見かけたのが、昔お世話になった大家さん。彼女も、さぞ驚いたことだろう。昔は何人もの男たちを雇って商いをしていた人間が、早朝にゴミあさりをしているなんて。夫は声をかけられて逃げ場もなく、大慌て。仕方なく、息子の死から現在の生活までを話したという。見たわけではないが、きっとそのときの大家さんは、憐憫とも優越感ともとれる表情をしていたと思う。いい人だけど、気位の高い人だから。そして夫は、「猫のエサやりをしてくれない?」と頼まれた。

すぐ断ればよかったのに、夫はつい「はい」と答えてしまった。それから毎日休むことなく、猫の世話を続けている。月末にいくらか「給料」をくれるらしい。いやだいやだと言いつつ、今も続けている。こっちはいい迷惑だ。