多恵と僕には共通点があって、「小説を書く」という行為が自分たちにとってとても切実だった、ということなんです。何もかもが違うはずなのに、これは最大の共通点でした。

50歳の専業主婦という、ご自身とは全く境遇の異なる女性を描くうえで、苦労などはありましたでしょうか。

――実は執筆中、志村多恵が僕に憑依したような瞬間が何度もありました。異性なのに、不思議ですよね、どうしてそうなったのかは自分でもうまく説明できないのですが……(笑)。でも、多恵と僕には共通点があって、「小説を書く」という行為が自分たちにとってとても切実だった、ということなんです。何もかもが違うはずなのに、これは最大の共通点でした。

多恵はネット掲示板にあふれる女性たちの投稿を読んだあと、突然、物語が降ってくるような体験をします。ただ、自身も同じようにネット上にエネルギーを吐き出すことはしませんでした。そのかわり、自分のなかにある負のエネルギーと向き合って、小説を書こうと思い立ったのです。これまでの過去や置かれている境遇は変えることができないけれど、自分自身が「人生の物語」の担い手になることができるはずだ、と。変えられない過去まで含め、自分の物語を紡ぎなおすことで、自らの魂を救済しようとするのです。

小説を執筆する際、作品のアイデアみたいなものが「降ってくる」としか言えない、なんというか、神秘的な経験をすることがあります。そんな「物語が生まれる瞬間」を描いてみたい、という思いもありました。性別や年代、境遇を超えて、多恵のことを書きながら物語を書くことの高揚感を追体験できたような気がしています。

さらに、多恵の小説を読むことで、編集者の梨帆も、自身が苦しめられていた過去の出来事と向き合う、そんな場面を描きました。この二人の姿に、私なりに「物語」への願いを込めています。彼女たちの姿に励まされる方がいたら嬉しいですね。