「中高年の女性を主人公に、自分なりの物語を書けることはないだろうか」と思い、「50歳の主婦が小説を書く」という物語が頭に浮かんだのです。(撮影:本社・八木沼卓))
日本での高齢者介護の現状を描いた『ロスト・ケア』でデビューし、その後も現代社会をテーマに執筆をつづける作家・葉真中顕(はまなか・あき)さん。『灼熱』(2019年、新潮社刊)で第7回「渡辺淳一文学賞」を受賞しました。現在46歳の葉真中さんは、これまで介護や差別などの社会問題に鋭く迫る作品を生み出してきました。いっぽうで、最新作『ロング・アフタヌーン』では、50歳の専業主婦を主人公にしています。これまで描いたことがない人物設定やテーマだったそうですが、本作に込めた思いとは(撮影=本社・八木沼卓)

モラハラ夫との日々に心をすり減らし

――『ロング・アフタヌーン』の主人公・志村多恵は、50歳の専業主婦です。いわゆるモラハラ夫のもとで、変化のない毎日を過ごし、どことなく人生を諦めているような雰囲気が漂っています。これまでの葉真中さんの作品の主人公にはない人物設定です。

実は本作は、志村多恵のような中高年の女性を描きたいと思って書いた作品なんです。私はドラマや映画をよく観るのですが、大人の女性を主人公にした物語が増えているな、と感じていました。そんななかで、「中高年の女性を主人公に、自分なりの物語を書けることはないだろうか」と思い、「50歳の主婦が小説を書く」という物語が頭に浮かんだのです。社会や夫からの抑圧のもとで生きてきた多恵は、果たしてどんな小説を生み出すのだろうか、と。

 

そんな「普通の主婦」が小説を執筆し、出版社の新人賞に応募します。そこで彼女の作品が、30代女性編集者・葛城梨帆の目に留まりますね

――「書く人」に対して「読む人」が必要だと思い、もうひとりの主人公を編集者にしました。編集者としてバリバリ働きキャリアを重ねる30代の梨帆の人生は順風満帆に見えますが、過去のある出来事を乗り越えられず、彼女も人生にあきらめのような感情を抱いている。世代も境遇も異なるふたりが小説を通じてつながり、共感したり、励まし合ったりすることで、彼女たちの間に連帯が生まれたら、と考えました。

 

多恵は自身をモデルにした「長い午後」という小説を執筆します。そこに描かれていたのは、彼女がこれまで生きてきた苦悩の数々。特に、定年退職した夫の存在に心をすり減らしている姿がとてもリアルに描かれていました。夫は家でろくに会話もせず、突然機嫌が悪くなったりする。自分では身の回りのこともできず、食事のときは無言でお茶碗を出せばおかわりが出てくると思っている……。いまでいう「モラハラ夫」ですね。

――書きながら、「こういうふうにはなりたくないな」と感じていました(苦笑)。でも、もしかしたら自分の中にも、あんな有害な部分があるのかもしれない、そんな風に自分を客観的に見つめながら、多恵の夫のことを書いていました。

もともと会話の少ない夫婦でしたが、夫が定年退職してから多恵は、夫と二人で食事する間も気が休まらなくなります。そこから、過去の夫の言動を振り返って、果たして自分の人生はこれでよかったのかと違和感を覚え、人生に対する後悔の感情に向き合います。しかし、すでに人生の半分を終えて後半戦に差し掛かっている。過去は変えられないし、いまの境遇をいますぐガラッと変えることもできない。人生に対して諦めのような感情を抱えながら生きているのです。