『ロング・アフタヌーン』(葉真中顕・著 中央公論新社刊)

50歳の専業主婦が僕に憑依した

そんなとき、多恵は人生で初めてスマートフォンを手にしたことで、インターネットで家の外の世界とつながりますね。ネットの掲示板を通して、自分と同じような専業主婦や、モラハラ夫に苦しむ女性たちの悩み、苦悩に触れました。

――彼女はネットの掲示板で、自分と同じ「モラハラ夫に苦しむ」女性たちの投稿を読むようになりました。掲示板は日本にある大手ネット掲示板をモデルにしたのですが、インターネットを通じてだれかとつながれることには、ポジティブな側面があります。作中で多恵は、自分と同じ境遇の女性たちの声に触れて、「ひとりじゃない」と気づくことができたのです。

多恵に限らず、日ごろから家族や対人関係に悩む方や、部屋からも出れずにひきこもりになっている方のなかには、ネット上での見知らぬ方のコミュニティとつながることによって、うまく「息継ぎ」ができている、そんな方もいらっしゃるのではないでしょうか。

もちろん、いまの時代、ネットには極端な意見や嘘の情報が大量に流通しており、なんでも鵜呑みにすることはできません。また、SNSに疲弊する方もたくさんいらっしゃいますね。

今作には風宮華子という女性作家が登場するのですが、彼女は自分の書いた作品に対するネット上のレビューや書評を読んでは心を乱されたり、相手を過剰に攻撃したりしてしまいます。ネット上の意見だけで相手が敵か味方をはっきりさせ、自分の世界を分断してしまう。そんなインターネットの負のエフェクト(影響)も今作では描いています。