走った走った勝った

恵まれた日でした。コース順は第一コース、私はうれしかった。スタートのすぐ上にいる日本新聞記者席から私の名を呼ぶ人がある。私は第一コースをくれたことを手で知らせて上げた。

教えられた通り第一第二のコーナーをおさえた私は、バックストレッチで先頭に立とうとするドイツのラドキに先を譲ってすぐその後に続こうと思ってスピードを落すと、ラドキのすぐ後にカナダが二人、ドイツが一人、瑞典が一人、四人のものがドヤドヤと先に立ちました。私は六番目になって一周を終り、第二周目に第一コーナーを出る頃からスピードにうつり、バックストレッチで第五第四第三の選手を抜いたが、先頭にはドイツのラドキが依然すごいスピードで走っている、そして、そのあとに瑞典の選手が続いています。この二人は共に有名な人で、ラドキは世界記録二分二十三秒をもっているし、瑞典のゲントゼルは瑞典の大会で千メートルに二等になった人、第三番目を走っているカナダのトムソンは二分二十一秒台の記録をしばしば出している人です。だから、これは先頭に立つことは考えもので、第二と第三の間に入ったが一番いいと思った私は、少し無理をして瑞典とカナダの間に割込んだのです。

三番目に入るとすぐカナダのトムソンと腕を強く打ちつけました。二三歩走るとまたトムソンが前方に出ようとするので、出すまいと少し体を右の方に寄せると、今度は二人の体が前よりも強くあたりました。もうこの時、先頭のラドキは既に第三コーナーを廻りかけています。もうトムソンは出ないと思った時、いよいよ最後のスピードにうつりましたが、もう力はありません。

「走れなくなったら手を振れ」

と教えられたことを思い出して、ただ手だけ振りました。第四コーナーを出るとすぐ前に瑞典の選手がいるので、それを抜いてしまうと、もう後は眼がボーッとして、前方を見ることができません。夢中でゴールに入りました。役員に引込まれて芝生の上に行きましたが、私の敷いておいた毛布をさがしますのに一苦労しました。眼がかすんで何も見えないのです。

ばったり俯(うつぶ)せに倒れたまま起ちあがることができませんでした、南部さんが来て抱き起して下さいました。しかし、手を離されるとまた手も足も力がなくなって、再び俯せに倒れてしまいました。織田さんと南部さんの肩に引起されて、「二等をとった」と織田さんの口から聞かされた時、

「君が代だなあ」

と、次第に意識が明らかになって来ました。

「君は二等になったよ」

といわれた時、六等になればいいと思ったのに、二等になれたかと思うとうれしくて、涙が後から後から出て来て、どうしても止まりませんでした。

ああ走ったのです、足も走らせてくれました。しかし、足よりも私の心が、「日本人である」という心が走らせてくれたのです。

日の丸の旗があがった、優勝マストに!

君が代が歌われた、織田さんの力で!

 


※読みやすさのため、表記を新字新仮名にしています
※本記事には、今日では不適切とみなされることもある語句が含まれますが、執筆当時の社会情勢や時代背景を鑑み、また著者の表現を尊重して、原文のまま掲出します
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