職を失うピンチを前に どこまでもお気楽な夫
節分を過ぎた頃、仕事から帰宅し、いつものようにポストをのぞくと、一通の封書が入っていた。清掃の仕事で私がお世話になっている会社からだ。着替えもそこそこに、急いで開けた。そこには「3月31日付で雇用契約期間満了」と書かれた通知書が。え、なに? おかしいじゃないの。あと1年は働けると、主任に聞いたばかりなのに。
隣でのんきに寝ている夫に言った。「もう私は働くことができなくなるみたい」「仕方ないじゃないか」。夫は寝ぼけた声で言うばかり。まるで悲愴感がない。これまでのように何とかなると、気楽に考えているのだろうか。
妹や友人に「もう働けなくなりそう」と連絡をすると、みんな「今まで本当にお疲れさま。そろそろゆっくりしなさいよ」と言うばかり。できるものなら私だってそうしたいよ。
義姉に至っては、「まだ働いていたの? 私なんて悠々自適よ」とちょっと得意そう。世間の75歳は年金をもらって悠々自適の生活かもしれないが、わが家はまだまだ働かねばならない。
途端に胸がどきどきしてきた。ああ、これからどうしよう。家賃はどう捻出したらよいのだろうか。
10日ほど経った頃、私が職場でせっせとモップがけをしていると、一番の古株の山田さんが「噂だけどね、他の業者がそのまま私たちを使ってくれるみたいよ」と言いに来た。
帰宅して夫に「私、もしかしてまだ働けるかも」と伝えると、「そうかい」と言っただけだったが、内心ホッとしている顔だった。そういう顔をされるとどうも面白くない。結婚してからずっと働きづめ。「いつになったらラクになれるのかなあ」と独り言をつぶやきながら、米を研ぐために台所に行った。
それからしばらくして、山田さんから聞いた噂は現実となった。なんでも、私たちの働きぶりが真面目なので、今の仕事だけは引き続きお願いしたいと通知があったのだという。しかしそれでも確認せねばと、主任に「この話は本当ですか」と尋ねた。主任は笑いながら「今働いている人を、全員雇用してくれるそうだ」と答えた。
ただし、改めて履歴書を添えて面接するのだという。今さら面接なんて嫌だなと思ったけれど、それでも働くことができるならいいわ、と思い直した。