母と対峙していると、叩いて黙らせたいという衝動に駆られることもありました。ひとたび手をあげたら抑えていた感情が爆発し、もしかしたら本当に殺してしまうかもしれないと思うと怖かった。そこで思い切って母との距離をとりました。ほぼ絶縁状態です。心の苦しい日々でした。
そんなある日、母は自宅のベッドの上で心臓発作を起こし、孤独死してしまった。5年前のことです。第一発見者は私でした。死んでほしいと思っていたはずなのに、咄嗟に心臓マッサージをした自分の行動には驚きました。そして、「ママ、ごめんね」というやりきれない思いだけが残りました。
私にとって矯正医療を通して依存症の人と向き合うことは、医師でありながら救うことができなかった母への贖罪なのかもしれません。
依存脳を変えるのは不可能に近い
日本において特に多い犯罪は窃盗と薬物ですが、どちらも再犯率の高い犯罪です。それは言うまでもなく、依存との関係性が深いから。
覚せい剤依存の人は何年刑務所に服役しても、出所した途端に覚せい剤がほしいのです。長期間の刑期をまっとうしたからといって、根本的な脳は変わっていません。依存体質はなくなりはしないのです。周囲の理解や正しい協力も重要ですが、愛を注ぐことで改善するとは必ずしも言えないという事実も忘れてはなりません。
結論からいえば、出所後、依存症である本人が「今日も我慢することができた」と一日一日を超えていくためには、専門医や施設の力を借り、依存から抜け出す環境を整えることが大切なのです。
でも一筋縄ではいきません。症状が深刻である人に限って専門家のもとへ行かないものです。本人は再び依存状態に陥っていることを隠しますし、家族が強制的に病院や施設に連れて行くのも難しいといった問題もあります。
家族が依存症だと悩んでおられる方に私がお勧めするのは、「(依存症患者の)家族の会」などに参加し、同じ悩みを抱える方と痛みを共有することです。
家族は依存症本人に治ってほしいと考えてしまいがちですが、ひとたび形成された依存脳を変えるのは、まず不可能に近いもの。現実的に家族の苦しみを軽くするには、自分の心の持ちようを変えるほうが効果的なのです。
家族会に参加すれば、現状は変わらなくても、つらいのは自分だけではないとわかり、少しは楽になる。適切な対応の仕方などの情報を得ることで活路を見出すこともできるでしょう。そうやって自分自身を変えていくと心が軽くなるものです。