絶妙なタイミングでした。矯正医療と聞いて「やる!」と答えたきっかけは、犯罪者の医学面の特質を知ったことでした。受刑者の罪状はさまざまですが、多くの場合、犯罪と依存症はセットになっています。
たとえばアルコール依存の人はお酒欲しさに窃盗をする。女性の性犯罪にしても、薬物依存と密接な関係にあります。薬物を買うお金を得るために体を売る女性がどれほど多いことか。
かたや最近では、女子マラソン元日本代表選手が摂食障害からクレプトマニア(窃盗症)に陥ってしまったと告白して話題を集めていましたね。実は摂食障害も依存症の一種なのです。
つまり、受刑者と向き合うことは依存症の人と向き合うことに等しい。このことが決め手となり、私は矯正医療に従事することを決めたのです。
ここで少し、薬物依存だった亡き母の話をさせてください。
死ぬほどやめたいのに死ぬほどやりたい
母は異常なほどの教育ママでした。娘を医者にすることだけが目標のように見えました。私が小学校に入学したあたりから、失敗すると物差しで叩く、椅子から叩き落とす。帰りが遅くなれば手にお灸を据えると脅され、泣きながら許しを乞うたものです。飲み物に下剤を入れられたこともありました。体罰はどんどんエスカレートしていきましたが、母の期待に応えようと私も必死でした。
体調不良から、体の痛みを訴えるようになった母に父が麻薬性の鎮痛剤を注射したことから、母は薬物依存へと陥っていきます。もともと看護師だった母は自宅の階下にある病院から鎮痛剤を勝手に持ち出しては、自分で腕や脚に注射を打つことも容易にできたため、事態はたちまち深刻化したのです。
私が中学生になる頃には母の体は注射痕だらけで、精神科に入退院を繰り返すようになっていました。退院すると母は決まって私に弱気な表情を見せ、「今度こそママは薬をやめるからね」と告げるのですが、翌日には別人のように平然とまた注射を打っている。
何度こうして裏切られたことでしょう。使用済みの注射器や空になったアンプルがそこかしこに散乱している。そんな恐ろしい光景がいつしかわが家の日常になっていました。
当時は、なぜ母は平気で私を裏切るのだろうと打ちひしがれていたのですが、医学を学んだ今ならわかります。死ぬほどやめたいのに、死ぬほどやりたいのが依存症なのだと。