『タラント』(角田光代・著/中央公論新社)

実体験の「怒り」は小説にしない

角田 小説を読むのに一番必要な力は「想像力」。想像力が膨らめば、他人の人生が自分自身の体験になりますからね。

中島 そういえば角田さんは以前、「小説を書く原動力は怒り」っておっしゃっていましたよね。

角田 喜怒哀楽のなかでは、確かに怒りですね。怒りは「書こう」という火種になるので、まさに原動力。でも、そのまま燃やしちゃいけない(笑)。ムカついた実体験をひとつでも入れちゃうと、どうもそこから小説が崩れていきますね。

中島 エピソードとして使えそうでも、使わない。

角田 私が思ういい小説は、完成したとき、私が最初に覚えた違和感からいかにフリーになっているか、なんです。言い換えれば、抱いた感情を一度手放して、自分自身の怒りが入らないようにしないと小説にならない、というか。改札を通るとき、Suicaの残高不足でピーピー鳴っちゃって、後ろの人に舌打ちされたときの怒りは生々しいけれど、小説にそのまま書くと、小説がいびつになってしまう。

中島 火種を加工するなり、煮詰めて違うものにしたりするのが、フィクションをつくる作業なんでしょうね。だから私、日記を書くのが苦手で。それに自分しか読まないと思うと、つまらなくて書けない。(笑)

角田 私は逆で、日記はすごく得意。怒りやイライラをすべて吐き出して、門外不出にしているくらいです。(笑)