作家は書くものがなくなってからが勝負

中島 登場人物の個性が際立つ源氏を訳されたことが関係しているんですかね。私はもともとプロットをきちんと考えずに書き始めるタイプなんです。だから作者としては恋愛させる気満々で登場させた2人が、まったくその気になってくれないこともあったりして。(笑)

角田 さっき中島さんは「人物の視点や文体が決まると物語が生まれる」とおっしゃっていましたよね。なんとなく謎が解けた気がします。人物がすでに声を持っていて、なにかを一所懸命に言ってるのを聞こうとしたのははじめての経験だったんですけど、中島さんはもともと人物の声を尊重していた。だから中島さんの小説はいつも人物がいきいきしているというか、生生しい感じがあったんですよね。

中島 確か大江健三郎さんが「作家は書くものがなくなってからが勝負」っておっしゃっていましたから、角田さんはいま、勝負どきが来ているのかも。

角田 ここで踏ん張らなきゃいけないですね。私は30代半ばまで、自分の周辺のことにしか興味が向いていなかったんですよ。でも34歳のとき、それまで純文学で書いてきた書き方を一気に変えた。目を外に向けて、これまでと違うものを見て、興味のなかった世代も書いたり、歴史を学んだり。その転換点が『空中庭園』です。

中島 私は作家デビューが39歳とすごく遅かったので、どんな題材から呼びかけられても応えられるように、作家としての筋肉をもっと鍛えていきたいと思っています。50代や60代は書ける題材が増える年齢でもあると思うので、体力が続く限り頑張りたいですね。

角田 まず、源氏の呪いから早く解放されるように頑張ります。