「なるほど。それから、ハーブガーデンの横に小さな花壇がありますね。パンジーとチューリップがかわいいです」
「あれ、センスのない花壇でしょう」
「え、いえ、そんな」
インタビュアーが困った顔をした。英樹は笑いながら言葉を続けた。
「いえ、あれは素人花壇にしたくて、とりあえず僕が一人で植えてみたんですよ。庭にもフリースペースが欲しいんです。住む人が自分で作るんですよ。チューリップが終わったら、朝顔、ヒマワリを植えてもいい。子供が夏休みの観察日記を書くときにも便利ですよ。いっそ泥遊びスペースでもいいですね」
「なるほど、手作りの余地ですね。それは青川さんの実体験からですか。お子様とガーデニングを」
「……いえ。子供はまだ」
実は、昨日、妻の妊娠がわかったんです―。
一瞬、口から出そうになった言葉を英樹は慌てて呑み込んだ。妻からまだ話すなと言われている。はじめて知ったのだが妊娠初期には自然流産の可能性があるらしい。妊娠十二週くらいまでは誰にも言わないように、と念押しされた。
「青川さんは個人宅がご専門ですが、公共施設など大きなものを設計されるご予定は」
「あまり大きなものはちょっと。僕は不特定多数の人間が利用する建物よりは、個人の要望を叶えるための設計をしていきたいと思います。それに……」
「それに?」
「実は高所恐怖症なんです。だから大きな建物は無理なんですよ。……僕の父は大手のゼネコン勤務で橋やらダムやら造ってたんですけど、僕にできるのはせいぜい三階建て住宅ですね」
自分が高所恐怖症だということに気付いたのは大学に入ってからだった。当時つきあっていた彼女の誕生日にホテルの最上階のレストランを予約した。用意された席は窓際で眼の前一杯に大阪の夜景が広がっていた。きらめく無数の小さな灯りを見た途端、ふいに身体(からだ)が震えた。冷や汗が出てきてパニックを起こしそうになったのだ。その夜はせっかくのイタリアンのコースも手を付けることができず、結局、彼女とはそれきりになった。
「それでは青川さん、最後に一言お願いします」
「様々な制約のある中で、施主の要望に応えつつデザインしていくのはとてもやりがいのある仕事です。僕はこれからも個人に特化した建築家でありたいと思います。その上で庭と建物が互いを高めあうような物を作れれば、と」
「ありがとうございました」
インタビュアーが帰ると英樹は応接室を片付け、パソコンに向かっている橋本(はしもと)に声を掛けた。
「ちょっと気分転換に散歩してきます。もし急ぎの用件が入ったら携帯に」
「わかりました。いってらっしゃい」