「家族間の確執」に深く切り込み
読売新聞オンライン連載時から話題を博した
『イオカステの揺籃(ゆりかご)』。
『オブリヴィオン』『銀花の蔵』の著者による
身も心も震える圧巻の「家族小説」
その冒頭を一挙公開!
「著者プロフィール」
遠田潤子(とおだ・じゅんこ)
1966年大阪府生まれ。2009年「月桃夜」で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。16年『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10」第1位、2017年『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位、『冬雷』が第1回未来屋小説大賞を受賞。著書に『銀花の蔵』『人でなしの櫻』など。
序章
からりと晴れた四月の午後だった。
青川英樹(あおかわひでき)は大阪、北浜(きたはま)にある事務所の応接室でインタビューを受けていた。先日設計した個人住宅が、新進建築家に贈られる賞を受賞したのだ。
「青川さんは今年三十二歳。若手建築家に贈られる賞をいくつも受賞されてますね」 「ありがとうございます」
インタビュアーは雑誌の編集者、二十代半ばの女性で胸まである長い髪は下ろしたままだ。まだあまり仕事に慣れていないのか緊張で声が硬い。英樹は場の雰囲気をほぐそうとすこし雑談をすることにした。
「この先にある中之島(なかのしま)のバラ園がもうすぐ見頃ですね。バラは綺麗やけど人出が多すぎて、近所のカフェがいっぱいになるんですよ。春と秋のバラの時期はカフェを求めて放浪してます」
「来るときに見かけたカフェもすごい行列ができてました」インタビュアーがほっとした顔で笑った。「青川さんはバラがお好きですか」
「母が好きなんですよ。個人の庭にしてはかなりのバラ園です。でも、母はバラの奴隷(どれい)なんです。母を見ていると、バラが好きなんてとても言えない」
「あー、バラは手が掛かるって言いますもんね。小さい頃から花に囲まれていたから、青川さんの設計されるお宅には印象的な庭があるんでしょうか」
インタビュアーの表情が柔らかになってきたので、英樹は安堵した。緊張する相手と話すとこちらも消耗する。どうせならリラックスして話したい。
「かもしれませんね。居住空間と庭をどう調和させるか、っていうことに夢中になってしまうんです。でも、ただ互いをなじませるだけでなく、互いに主張し合いながら、互いを認める、というふうにしたい。よく言われるように、家と庭が呼応する、というやつです。敷地に制約があればあるほど燃えますね。どこに庭を造ろうか、って」
「なるほど。庭へのこだわりがすごいですね。お母様のバラ園が建築家としての青川さんを形作ったんですね」
ええ、たぶん、と言おうとして急に喉(のど)が詰まった。英樹は慌ててコーヒーを一口飲んだ。