「今回受賞されたお宅は、小さな庭が三ヶ所に分散していますね。一つにまとめたら広い庭になったんじゃありませんか」
「居住スペースから常に庭が見えるようにしたい、という施主さんのご希望がありました。通常なら中心に広めの中庭を造るのですが、各部屋の独立性も確保したいということで、様々な趣(おもむき)のある庭を造ることにしたんです。例えば、リビングから見える庭、和室から見える庭、そして、キッチンから見える庭。それぞれ違った個性の庭になるよう、造園家に設計をお願いしました」
「和室の庭は面白いですね。低い目線で見ることが前提になっています」
「雪見障子の発想です。だから、敢(あ)えて窓を低い位置に作って、低木を中心に植えました。座ったときに、一番綺麗に庭が見えます」
「キッチンの庭はイングリッシュガーデン風というか……」
「ハーブガーデンです。あれは施主さんのご希望です。大抵の方はリビングを向いたカウンターキッチンやアイランドキッチンを希望されるんですが、今回は窓から庭が見えるよう、リビングに背を向けてキッチンを配置しました」
「明るい陽射しが入って気持ちよく料理ができますね」
「たまに疲れて料理なんかしたくない日がありますよね。でも、誰かがやらなくてはいけない。うんざりしながら野菜を刻んでる。そんなときにふっと顔を上げると窓から庭が見える。それだけですっと心が落ち着くんです。緑が人間に与える影響ってすごいんですよ」
ほら、と英樹はアーチ型の窓を示した。街路樹のクスノキの緑が見えた。
「緑が見えるだけで、なんだかほっとしませんか」
「たしかにほっとします」
事務所が入っているのは昭和初期に建てられたレトロなビルだ。正面玄関は観音開きの綺麗な青い木製ドアでカフェと間違えて入ってくる人がいるほどだ。丸みを帯びた天井は高く、壁面は葉の絡まるアカンサス紋様で装飾が施(ほどこ)され、映画の撮影に使えそうな趣のある部屋だ。窓の外には広い歩道があり、クスノキの街路樹が気持ちのいい影を落とす。その陰影が現代建築と近代建築の境界を曖昧(あいまい)にし、互いを溶け込ませていた。