布団に横たわる母と弟

部屋には布団が並べて敷いてあって、そこに母と弟が横たわっていた。そして、寝ている母の顔付近から「シュー、シュー、シュー」という音がし、ガスの臭いが充満していた。

まず、「自殺」という言葉が頭に浮かんだ。4歳の子どもがそんな行為を知るはずはないと人は言うだろう。しかし間違いなく、瞬時に母が弟を道連れに自殺したと思った。

母の枕元にあったガスの元栓を閉じる。続いて、窓を開けて外気を入れた。そして、母の元に行き揺り動かしてみたが、ピクリともしない。私は小さな声で、「お母ちゃんが死んだ~」と泣いた。声を殺した理由は、外で私の様子を窺っているおばさんに聞かれないためだった。自殺と思われてはならない。悲しんでいる姿を見られてはいけない。そう考えたからだった。

おばさんが、「足をくじかなかった?」と外から声を掛けてきたので、あわてて涙をぬぐう。そして、助けを求めた。やがて救急車が到着。弟は目を開け、ぐったりした様子もない。裸に白いパンツと青い腹巻きだけの弟。その姿が昨日のことのように目に浮かぶ。

翌日私は、遠方から駆けつけた母方の祖母と、母の病院の一室にいた。記憶しているのは、意識を回復した母のうつろな表情。そして、母に向かって、「アホなことして」と祖母がつぶやいたことである。やはり自殺をしようとしたのだ――。

母の自殺未遂事件について、私は忘れたふりをしてきた。そのため、「声」に導かれて母と弟を救ったことを誰も知らない。あの声がなければ、午後7時頃まで遊んでいたはずだ。そして、2人とも死んでいたと思う。