「親戚格差」の集大成が、花輪の位置を入れ替えるという暴挙に
いつもそうだった。盆でも正月でも、外孫は「本家の子どもや孫」よりも優先されてきた。小さな手土産1つで子や孫を連れてくる親族たちは、飲んで食べて、豪勢な手土産を持たされて帰る。その支度に追い回されるのは、本家の嫁である義母と私。
手土産が残ってもまず義妹が好きなものを取ったあとに夫へ。その理由なき「親戚格差」の集大成が、花輪の位置を入れ替えるという暴挙となったのだ。
不穏な空気を察した私の母はさっさと逃げ帰り、私は一人で子どもを抱えて雑用をこなす。葬式が終わっても親族だけで宴は続く。
事前に「帰りは車で送ってくれる?」と私に頼んでいた義妹。気が重いが、約束は約束だと思い直し、「車に乗ってくよね。何時に発つ?」と聞いた。すると義妹は「そんなこと言ったっけ。私は残って両親を慰めるのよっ」と顔も見ずに言い放った。
家に帰ると、夫が酒を飲んでいる。義妹の態度のひどさを訴えると、「俺だって我慢してるんだ! なんで妹が俺より上なんだ! みんなの前で俺の花輪をどけられて恥をかいた」と怒鳴り散らす。私の鬱憤は自分で収めるしかなかった。
しばらくして義実家から四十九日法要の知らせが来たが、夫は「うちは行かない!」と強く言って電話を切った。
それからしばらく経ち、義父の調子が悪いと聞く。またもや狂想曲は奏でられるのか――。できれば私はもう巻き込まれたくない。