そのメッセージの主は、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さん。実は見覚えのある名前でした。逮捕された直後にワイドショーで、僕が取締官に「来てもらってありがとうございます」と頭を下げたことが報じられ、コメンテーターの一人が「甘い言葉。ふざけんな」と発言されたそうです。

すると間髪いれず、ネットメディアで「高知さんのコメントは依存症者の正直な気持ちで、私たちにはよくある話」と僕を擁護し、「コメンテーターの○○さんは依存症の専門家ではない。どうか口をつぐんでほしい」と、抗議した人がいた。それが田中さんだったのです。僕は、保釈後、叩かれまくっている記事の中、唯一の理解者を見つけてすごく嬉しかったことを思い出しました。

 

自らの心の傷と向き合う勇気を得て

ところが人間不信のピークにいた僕は、田中さんに「今はそっとしておいてほしい」と返信してしまいます。すぐに返事が来て、「いつ、どこで会いましょうか?」と綴られていたのにはビックリしたんですが(笑)。強引な人だなあ……とあきれながらも会ったのは、僕が心の底で救いを求めていたからでしょう。

田中さんは「夫はギャンブル依存症。私もギャンブルと買い物依存症だった」と切り出し、二人で回復への道を歩んだことを語り聞かせてくれました。

そして「依存症は脳に依存物質や依存行為の回路ができてしまう病気なので、意志の力ではどうにもならない」「なぜ依存せずにはいられないのか、原因になっている心の傷を突き止めることが先決です」と話は続き、自助グループに参加するよう勧めてくれました。「自分を苦しめる思いを分かち合い、プログラムで生き方を変えた人を私は数多く見てきました」と。

半信半疑で出かけた自助グループでしたが、同じ苦しみを抱える人たちの前でなら、すべてを打ち明けられる気がしました。それまでも精神科医の松本俊彦先生の治療は受けていましたが、先生にも自助グループに通い続けることを後押ししていただきました。

こうしたなかで僕は自分と向き合い、心の傷を浮き彫りにする勇気を育てていったのです。現在から遡って、少年時代のつらい記憶に対しても……。