エアリズムからヒートテックへ
父は昔から寒がりではあったが、認知症になってからその傾向がさらに強まった。最高気温が30度を超えると予報が出ていた7月上旬に、父はまだユニクロのヒートテックの下着を着ていた。
家でお風呂に入る時は、私が脱衣場にエアリズムを用意しておくのだが、父はその度に文句を言った。
「まだ半袖は早い。暖かい長袖を持ってきてくれ」
7月に、ヒートテックかエアリズムかで揉める親子がいるだろうか。結局、根負けしてヒートテックをタンスから出してあげた時もあった。
デイケアでは入浴するので、替えの下着を用意して持たせなければならない。私がデイケア用の布バッグに下着を詰めるのだが、当然、夏はエアリズムを用意する。すると父がチェックを入れてくる。
「まだ、夏物にしないでくれ。俺は寒いんだ」
「明日は30度だよ。涼しい服装にしないと、熱中症になってしまうでしょ」
ここで引き下がってくれる父だと良いのだが、なぜか暑さ寒さの感じ方については譲れないらしい。
「お前みたいな暑がりと、俺は違う」
こんなことで喧嘩をしたくないが、熱中症になったら大変だ。私は必死で食い下がった。
「パパは気付いていないだけで、汗は出ているんだよ。厚着している上に、水もあまり飲まないから、熱中症になるよ」
父の意向を無視して、私はエアリズムをバッグに詰めた。
ようやく父が文句を言わずにエアリズムを着るようになったのは、ニュースで高齢者が家の中にいたのに熱中症で亡くなったと聞いた時からだ。
ほっとしたのも束の間、衣類は夏物に変えても、布団の中に目盛りを「強」にセットした電気あんかを入れていた父は、結局熱中症になって体調を崩した。それからしばらく父に付き添わなければならない日が続き、今夏はほとほと疲れてしまった。
秋も深まり気温が下がって、父の体調が良くなると同時に、私の気持ちに余裕ができた。来年に備えて、認知症の人が寒がる原因や、その対処法について、本やネットで調べ始めた。
認知症になると、体温を調節する脳の自律神経の働きが低下し、寒がるようになるらしい。認知症でなくても、高齢者は若い人に比べると筋肉量が減少しているため、体温が低くなり、寒いと感じるのだという。
父が寒いと感じていたのに、私が無理やり夏用の下着に替えさせようとしたことによって、身ぐるみをはがされるような不安を与えてしまっていたのかもしれない。
今後は、父の予想外の行動にどう対応するかを勉強する必要があると思った。