悪魔がガラスを割って邪悪な「気」を……

この中央パネルの右翼に聖アントニウス像が描かれている。

 

マティアス・グリューネヴァルト『イーゼンハイムの祭壇画』より「聖アントニウス」

彼は4世紀の人だが、厳しい修行と数々の奇跡により聖人認定され、その名を冠した教会や修道院が各地に建てられた。やがて中世ヨーロッパで奇病が発生した際、罹患した信者がその一つに巡礼して完治したことから、病名は「聖アントニウス病」と呼ばれるようになる。

神経を侵され、四肢の末端の焼け付くような痛みを経て壊疽になり、果ては死に至るこの恐ろしい病は麦角(ばっかく)アルカロイドが原因だったが当時は何もわからず、聖アントニウスに祈るか、修道院付属施療院で四肢を切断してもらうしかなかった。

パネルにはその聖アントニウスが杖を持って立ち、上方の「窓」から悪魔がガラスを割って邪悪な「気」―ここでは聖アントニウス病―を内部に吹き込んでいる。だが聖アントニウス自身がおられるので安心、という次第。