それは終戦間もなくのころとすれば、二人の名優、六代目尾上(おのえ)菊五郎と初代中村吉右衛門を、どうご覧になったのか。

――六代目菊五郎は僕の憧れでしたね。リアリズムの演技がすごく真に迫ってくる。そこに感激しました。吉右衛門のほうは朗々とした台詞廻しが、いかにも悲劇役者でしたね。

新橋演舞場で歌舞伎を観たあと、そのころ若手花形だった二代目松緑(しょうろく)さんの話を聞く会を、僕たちの歌舞伎研で開いてね。そしたら松緑さんが「へえー、狂言の方が歌舞伎研ねぇ、へえー」って。

つまり六代目さんがある狂言師の方から「狂言から歌舞伎に入った舞踊なんか観ちゃいられないよ」と言われた、ってことを松緑さんは僕に言いたかった。その松緑さんとも、その後親しくなりましたけどもね。

そしたら『棒縛(ぼうしばり)』にしても『身替座禅(みがわりざぜん)』にしても、あんなにコミカルにやらなくてもいいように思って、『身替座禅』のもとの狂言の『花子』のほうが深いんじゃないかと思えてきた。それで親父に、「これからは狂言に身を入れたいと思います」って言いました。

つまりこのへんが第一の転機でしょうね。