母と寂聴さんの共通点は並外れた意志の強さ

瀬戸内 井上さんは、ほかの男がいることを感じて、妬いて怒って喧嘩になって。「怒る権利なんかない。うちからしょっちゅう女に電話してるじゃない」って言ったら黙った。

井上 黙るしかないです。(笑)

瀬戸内 郁子さんでなければ井上さんの奥さんは務まらなかった。普通、あんなに次から次に女を引っかける夫なんて、嫌になるわよ。

井上 私だったら怒って別れると思います。でも、その人とずっと一緒にいたいと思ったら、やっぱり何かを無理やり信じるかもしれない。「女がいながらうちに戻ってくるのだから、私が一番なんだな」とか。ただ、やっぱり相当意志が強靭でないと続かないでしょうし、うちの母はそこのところが並外れていたような気がしますね。それは寂聴さんとの共通点かもしれない。

瀬戸内 井上さんは「もしも俺とあなたがこういう関係でなければ、うちの嫁さんとあなたはいい親友になる」と何度も言いましたよ。そのとおり、井上さんが亡くなってから本当に仲良くなった。もちろん、そうなるまでには時間が必要でした。

井上 父が亡くなってから7年ほどは、お骨は家のクローゼットにしまわれていたのですが、寂聴さんが名誉住職を務めておられる岩手県の天台寺にお墓を建てました。寂聴さんに勧めていただき、母がそう決めたのです。

『あちらにいる鬼』(著:井上 荒野 /朝日新聞出版)