ヘンリー・フューズリ『ミズガルズの大蛇を殴ろうとするトール』(一部)
中野京子さんが『婦人公論』で好評連載中の「西洋絵画のお約束」。さまざまな西洋絵画で描かれる「シンボル」の読み解き方を学ぶことで、絵画鑑賞がぐんと楽しくなります。Webオリジナルでお送りする第3回で取り上げるシンボルは「ハンマー」です。果たして何を意味しているのでしょうか——

鉄鎖の釣り糸で巨大な蛇を釣り上げて……

ハンマーは人間が作った最初の工具の一つとされる。最初は木製、次いで鉄や鋼、現在では鉛、真鍮、ゴムといろいろある。また戦争の際の武器としても長く使われてきた。鎧を着た敵にも有効な優れものなのだ。そこから強さと力のシンボルとなった。

神話世界でもっとも有名なハンマーといえば、「ミョルニル(「打ち砕くもの」の意)」。北欧神話の英雄、雷神トールの最強武器だ。敵に向かって投げつけると、相手を倒した後——まるでブーメランのように——ちゃんと戻ってくるのがミョルニルの凄いところ。
 

ヘンリー・フューズリ『ミズガルズの大蛇を殴ろうとするトール』1790年 ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ蔵

フューズリの『ミズガルズの大蛇を殴ろうとするトール』を見てみよう。本作は2017年開催の「怖い絵」展に出品されたので、覚えている方も多いのではないか。これは巨人族のヒュミルに船を漕がせて海へ出たトールが、鉄鎖の釣り糸で巨大な蛇を釣り上げ、いざその頭にミョルニルの一撃を喰らわさんとする瞬間を描いている。

結果がどうなったかといえば、逃げられた。なぜならヒュミルが恐れをなして、鎖を切ってしまったからだ。無理もない。この蛇は世界を取り巻くほどの大きさがあり、口からは猛毒を吐く化け物であった。