妻は美の女神ヴィーナスなのに…

ギリシャ・ローマ神話の鍛冶の神ウルカヌス(=ヘパイストス、ヴァルカン)もハンマーを持って登場することが多い。ゼウスの雷、アポロンの弓、ヘラクレスの武器など、さまざまな道具や宝はみんなこの鍛冶の神が制作したし、妻は美の女神ヴィーナス。なのに地味な存在なのは、容姿に恵まれず、足も悪く、「仕事、命」のハードワーカーだったせいか。

ディエゴ・ベラスケス『ウルカヌスの鍛冶場にいるアポロン』1630年 マドリード・プラド美術館蔵

ベラスケスが、『ウルカヌスの鍛冶場にいるアポロン』を描いている。ぱっと見には、現実の鍛冶工場(こうば)の光景だが、左端に頭部から盛大に神々しい光の矢を発する男がいて、太陽神アポロンとわかる。つまりこれはベラスケス得意の、風俗画に溶け込ませた神話画なのだ。

アポロンが何か言う。鉄を鍛えていたウルカヌスが驚きで目を剥く。彼の背後にはハンマーがずらりと並んでいる。

はたしてアポロンは何を言いに来たのか?

彼は言った、「奥さんのヴィーナスが、軍神アレスと浮気しているよ」。ハンマーをふるって仕事中の相手に、とんだ告げ口屋だ。