本当に彼の生活はうまく回るんだろうか
すでに引退したチームでも高校を意識したハードな補強トレーニングが行われ、鬼のように走り、唸りねじれるようなメニューを課せられていた。なぜかそんな苦しみや痛みさえ、嬉しさやときめきに感じていたのではないだろうか。息子の表情は悶え苦しみながらもアハハハハ…爽やかな笑顔が弾けていた。
いやいやいや。
あんたは野球だけじゃない、親から離れて一人で生活していかねばならんのだ。
翔大の通う大阪の高校は全国的にも野球では強豪校として知られているが、珍しく遠方からやってくる選手のための寮がない。基本的に関西近郊から通ってくるか、各自部屋を借りて暮らす、もしくは学校の提携する学生会館に入って自活する必要があった。
学校では部活、勉強を両立させ、しかも食事や掃除・洗濯すべて一人でやらなければならない。だからまずその脱ぎ散らかした練習着、元は真っ白だったとは思えない真っ黒なソックス、中途半端に残して帰ってきた補食のおにぎりの袋…。大丈夫か!?今日できないことが明日急にできるようになるのかね。本当に来月から一人でゴミを出したりできるんだろうか…と言い終わる前に、絶対無理、母はそう感じていた。
これに高校の勉強、お昼のお弁当の準備が加わるのだ。
本当に本当に彼の生活はうまく回るんだろうか、いや考えただけで我が息子・翔大には無理、大丈夫なわけない、うぅう…。母は心配すぎて海老かと思うほど背中が丸まって泣いてしまいそうだった。
そう、あのころはそうだった。
記憶にないのだけれど、中学を卒業して何度も何度も息子の送別会を開いていただいたはずだが、 一度も目頭はうるっとこなかった 。おそらく、そんな余裕はちっともなかったのだ。
本当に大変なときって、涙も引っ込んでしまうものなのか。