男同士が恋愛仕立ての歌を贈答する『万葉集』

このように老若男女すべての立場に自分を置く、という訓練が、古くからできていた日本人。

現存する日本最古の歌集『万葉集』(8世紀後半)では、男同士が恋愛仕立ての歌を贈答しています。

代表的なのが、『万葉集』の編者とされる大伴家持(おおとものやかもち)とその部下で同族の大伴池主(いけぬし)の贈答歌です。

家持が病気になった時に、このような歌を送っています。

「うぐいすが鳴き散らす春の花を、いつになったら池主くんと、折って髪に挿せるのか」("うぐひすの 鳴き散らすらむ 春の花 いつしか君と 手折りかざさむ")(巻第十七・三九六六)

「うぐいすが来て鳴く山吹は、まさか家持さまの手に触れぬまま、散ったりしないでしょう。花の咲いているうちにきっと一緒に髪に挿せますよ!」 ("うぐひすの 来鳴く山吹うたがたも 君が手触れず 花散らめやも")(巻第十七・三九六八)

男同士で髪に花を挿すとは、BL漫画の世界そのものです。

5大万葉集の1つ「元暦校本万葉集 巻十七(古河本)」(提供:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

池主の恋愛事情はよく分かりませんが、家持は複数の女たちとの贈答歌が残っているし妻子もいます。

同性愛とも断言できないし、異性愛オンリーとも断言できない、独特の世界がここにはあります。

家持は、池主相手ほどの頻度と情熱はないものの、こうした恋歌仕立ての歌を、他の部下とも贈答しています。