本当に必要なのは、5件に1件程度

政府は、16年5月に「成年後見制度の利用促進に関する法律」を施行し、いっこうに利用が進まない現状の打開に乗り出した。

これに伴い、ここ数年、市区町村やその出先機関の地域包括支援センター、銀行などが後見制度の利用を促す傾向が強まっているという。

後見トラブルの相談を受けている一般社団法人「後見の杜」の宮内康二代表(元東京大学医学系研究科特任助教)が語る。

「成年後見制度を利用するきっかけは、銀行や保険会社、地域包括支援センター、市区町村の福祉課、老人ホームなどから家族が利用を勧められたというのがほとんど。“後見制度を利用するしかない”と決めつけ、誘導するケースも珍しくありません」

むろん、認知症だからといって、成年後見制度を利用しなければならないという決まりはどこにもない。

「この制度を使うと、予想外の出費がかさむなど、さまざまなデメリットがあるので注意が必要です。私の経験では、役所などで後見人が必要と言われたケースのうち、実際に制度の利用が必要だったのは5件に1件程度に過ぎず、それ以外は、本人の委任状などで十分対応可能なものでした」(宮内氏)

成年後見制度を利用したばかりに予想外の出費を強いられ、悩んでいる人は多い。

 

親族は基本的に選任されない実情

北海道在住の山岡和夫さん(65歳・仮名)は、実家で弟の武さん(62歳=同)の介護をしている。武さんは職場で脳出血を起こし、医師から「社会復帰は不可能」と診断された。

和夫さんは、独身の武さん名義の新築マンションを売却するだけのために後見制度の利用を申し立てた。不動産業者から「あなたが弟さんの後見人になって売却すればいい」とアドバイスされたからだ。

和夫さんの申し立てを受け、家裁は和夫さんを後見人に選任し、マンション売却は無事完了した。ところが12年、家裁は理由を明示することなく、和夫さんに加えてもう一人、弁護士後見人をつけ、この弁護士に武さんの財産管理を委ねた。つまり和夫さんは、それまで持っていた武さんの財産を管理する権限を家裁に剥奪され、身上監護のみ任されることになったのだ。

これには以下のような背景があるとみられる。成年後見制度導入時に制度作りに関わった小池信行弁護士(元法務省大臣官房審議官)が語る。

「2012年、広島高裁は親族後見人による横領事件について、家裁の後見人に対する監督上の過失を認める判決を下した。つまり国が負けている。これをきっかけに全国の家裁が、弁護士ら職業後見人を選任する方向にシフトしてしまった。その結果、当初9割を占めていた親族後見人は3割弱に激減する一方、弁護士などの職業後見人が7割以上を占めるようになったのです」