年を重ねて判断能力が衰えてしまっても、家族には最期まで自分らしく生きてほしい。そんな当たり前の願いすらままならない、後見人トラブルが増加しています。(取材・文=長谷川学)

いまから6年後の2025年、日本では、65歳以上の5人に1人、約700万人が認知症になると推測されている。政府は、急増する認知症高齢者の生活を支え、財産を守る目的で2000年に成年後見制度をスタートさせた。ところが、同じ年に始まった介護保険制度の利用者が順調に増え、約488万人(2017年)に達したのに対し、成年後見制度の利用者はいまだに約22万人と低迷している。

利用者が増えない原因は、制度の使いづらさにある。たとえば、この制度をいったん利用すると、認知症高齢者本人が亡くなるまで利用を止めることができない。それは後見人の7割以上を占める弁護士、司法書士などに、認知症高齢者が死ぬまで報酬を払い続けることを意味する。この制度には、あまりにも多くの問題があり過ぎる。

 

銀行も役所も、「後見人をつけるしかない」

東京都在住の竹下紀子さん(58歳・仮名)が成年後見制度の利用を意識したのは15年の夏。紀子さんの母親の恭子さん(82歳=同)が預金通帳を紛失したのがきっかけだった。

紛失を知った紀子さんは銀行の支店を訪問し、再発行を求めた。このとき紀子さんが「最近、母の物忘れが少し目立つようになった」と行員に何気なく話した途端、行員は表情を硬くして「認知症なら、後見人をつける必要があります。そうしないと通帳の再発行はできません」と言い出した。

困った紀子さんは地元の社会福祉協議会(社協)や地域包括支援センター、市役所の福祉課などに相談したが、そのたびに「後見人をつけるしかない」と言われたという。

「社協や地域包括支援センターの人たちは、私の母と一度も会ったことはなく、母の認知症の度合いも知りませんでした。にもかかわらず、“早く後見人をつけるように”と急かしたのです」(紀子さん)

後見制度の利用を急がされた紀子さんは妹と相談。やむなく妹が家庭裁判所に成年後見制度の利用を申し立てた。申し立ては、本人や4親等内の親族、市区町村長などが行える。

妹は「自分が母の後見人になりたい」と申し立てたが、家裁は第三者の弁護士を後見人に選任した。後見人を決める権限は家裁にある。

後見人がつくと、認知症高齢者本人の財産はすべて後見人が管理することになる。具体的には本人の預貯金通帳、キャッシュカード、不動産などの全財産を後見人が管理する。本人の自由になるのは日常の買い物ができる程度のお金だけだ。

また、後見人には、本人の身上監護を行う義務が課される。身上監護とは、本人の代わりに介護や医療の契約を結び、預かっている本人の財産からお金を払うことだ。

ところが、弁護士などの職業後見人の多くは、手間暇のかかる身上監護を行わず、簡単な財産管理しか行わないのが現実で、これが利用者とその家族の反発を招いている。

「後見人がついた当時、私は仕事を辞めて母を在宅介護していました。母の認知症がやや進み、徘徊するようになったためです。ところが後見人に選任された弁護士が、とにかく何もしないのです。母名義の自宅の火災保険が期限切れになっていて、契約し直す必要があったのに放置したり、生活費の振り込みすら3ヵ月連続で忘れました。母が出身地である九州に旅行したいと言っても“行く必要はない”と認めない。家裁に相談しても、弁護士本人と話し合えというだけで門前払いです」