「プロ」との出会い
私が最も通ったのは職場である小杉湯だ。仕事がない日にも小杉湯に浸かっていたので、ほぼ毎日お客さんと顔を合わせていた。複数ある浴槽をぐるぐるとまわるので会話時間は少ないが、少しの会話の積み重ねでだんだんと関係性が変わっていく。これはホーム銭湯でしか味わえない楽しみだ。
心の中で「プロ」と呼んでいたおばさんがいた。周りに水しぶきを散らさないように湯を流し、使った後はカラン周りを片付け、湯に入る時も波をたてないよう静かに入る、銭湯の所作が誰よりも綺麗な方だった。
さらには3つ並んだ砂時計を浴室で持ち歩き、あつ湯や水風呂に入る時間をチェックし、のぼせを防止するなど自己管理も一流だ。初めて見かけた時から感動し、彼女の動きを真似しながら銭湯のマナーを学んだ。
お風呂場で顔を合わせるごとに仲良くなり、半年もすると湯船に浸かりながら談笑する仲になっていたが、不思議なことに私はプロの本当の名前も、普段何をしているのかも知らない。毎日小杉湯で会えるし詮索するのも悪いと思ったのだ。
しかしそんなある日、私はプロの意外な姿を意外な場所で目にした。毎夏高円寺で行われる阿波踊りを観覧しに行った時のことだ。最前列で団扇を振って次の連(阿波踊りのグループの呼び方)を待っていたら、なんとプロが笛を吹きながら連を引き連れてくるではないか。
う、嘘だろ!!唖然としている私に向かってプロはウィンクし、満面の笑みを浮かべながら去って行った。
祭りのあと小杉湯に来たプロから、長らく阿波踊りをやっていて自分で連を立ち上げたこと、練習後にいつも小杉湯に入りに来ていたことを教えてもらった。これだけ毎日会っていたのに、何も知らないなあ! と2人して爆笑してしまった。