ハブリエル・メツー『手紙を読む女』(部分)
中野京子さんが『婦人公論』で好評連載中の「西洋絵画のお約束」。さまざまな西洋絵画で描かれる「シンボル」の読み解き方を学ぶことで、絵画鑑賞がぐんと楽しくなります。Webオリジナルでお送りする第5回で取り上げるシンボルは「画中画」です。果たして何を意味しているのでしょうか――

画中画――いわばミステリ小説の伏線

絵画作品には――たいてい壁の飾りとして――絵が描き込まれる例がしばしばある。絵に描かれた絵、即ち「画中画」だ。これは大事な鑑賞ポイントなので、見逃さないようにしたい。いわばミステリ小説の伏線、あるいは映画の効果音やバックミュージックといった役割を果たしている。

まずガウアー作『エリザベス一世像』を見てみよう。

ジョージ・ガウアー『エリザベス一世像』1588年 ウォバーン・アビー蔵

特徴的な白塗り化粧をほどこし、人を威圧するための豪華な衣装と宝石、レース製の特大ラフ(現在では「エリザベスカラー」と名付けられて犬猫用になってしまった……)を身につけた女王は、地球儀に右手を置き、世界は自分のものと言わんばかり。それもそのはず、これは大国スペインの無敵艦隊アルマダを撃退した戦勝記念肖像なのだ。

少しわかりにくいが、緑色のカーテンの後ろに見えているのは窓の外の景色ではなく、対画になった二点の海戦図。左は昼の場面なので明るい。手前にイギリス側の帆船群、奥には襲撃してくるスペイン艦隊。そして右図は、嵐のため次々と海へ沈んでゆく敵艦。

実際の戦闘もそうだった。湾内で行われた戦いでは決着がつかず、スペイン側は翌朝また来襲すべく、いったん湾を出て外洋で待機した。そこへ突然の嵐が吹き荒れ、艦の大半を失ったため、やむなく退散。イギリスが強かったというより、運が味方したのだが、しかし幸運に恵まれることも王者の資格の一つだから、エリザベスはこの肖像画を制作させて己の力を世界にアピールしたわけだ。