ベッドで思い切り羽を伸ばして
きっかけは、夫の長期出張だった。1ヵ月間、私は文字通り羽を伸ばして寝た。鬼の居ぬ間の洗濯ならぬ睡眠で、不思議と気分が安定して心地よく暮らせた。
たぶん夫も同じだったのではないか。独身気分に戻ってホテルの部屋で遅くまでスマホでゲームをしたり、気兼ねなく寝しなのお酒を飲んだり。それが証拠に、夫が出張から帰ってくると、どちらからともなく別の部屋で寝るようになった。
半ばなしくずしのように始めた別床だが、今のところうまくいっている。夫に優しくなれるし、よく寝られて体調もいい。そして、セックスレスも解消したのである。結婚前の交際期間のように、どちらかの部屋をノックして訪ねていく。
相手が来てくれるのはうれしい。惰性でのんべんだらりと一緒にいるよりずっといい。シングルベッドで両手を思い切り広げ、お気に入りのお香の香りに包まれて(夫は仏壇臭いと嫌っていた)、ごく微音でクラシック音楽を流す、この幸せよ……。(夫は寝る前もヘヴィメタル派だった)
結婚後は自主規制していた、寝る前の読書習慣も再開できた。若い頃読んだ田辺聖子さんの小説に『お気に入りの孤独』というのがあったが、気分はまさしくそれだ。2人でいても孤独だと感じるより、ずっといい。
今も隣の部屋から壁越しに、夫のいびきがごくかすかに聞こえてくるが、人の気配があることで安心する。そして何よりうれしいのは、1人の時間があることで、夫に早く会いたい、という新鮮な気持ちが戻ってきたことだ。