その頃はほとんどセックスレスだった。何もしないなら一緒に寝ることはない。私は夫に寝室を別にしたいと告げた。すると夫は「うちのお袋は、親父のいびきがうるさくても我慢してたらしいけどな」と言い、私の怒りの火に油を注いだ。
おそらく義母は、義父にいびきがうるさいと文句を言ったことすらないだろう。少々厄介なことがあっても目をつむり、夫に従うのが結婚だという時代もあった。たしかに昔は夫唱婦随が美徳とされたかもしれない。けれど時代は令和だ。
私だってよくやったほうだ。夕飯は夫の帰りが遅くても先に箸をつけなかった(夜遅くに食べるので太った)。お風呂は夫が先。ご飯は夫の好物をつくり、余り物は翌日私が食べた(私の好きなおかずはほとんど食べられない)。夫が犬を飼いたいと言い出し、承服した(夫は犬の面倒は自分が見ると言ったが、今では私の仕事だ。まぁ、犬は可愛いから許せるが)。外食は夫の好きなラーメン店ばかり(私はカフェやフレンチに行きたいのに)。
けれど、私もそれが普通だと思っていた。祖母や母もそうしてきたし、私は夫より稼ぎが少ないのだから合わせて当然だ、という負い目のようなものもあった。食事やペットの件は我慢できたが、安眠できないのは致命的だった。
思えば、独身時代から、友人との旅行もホテルの部屋は別々がいいと言っていた私である。誰にでも譲れないポイントはあると思う。
ちょうどその頃、電車の中吊り広告で「夫婦別床が日本を救う!」という見出しを見つけた。その意図するところは詳しくはわからなかったが、心で快哉を叫んだことを覚えている。寝室を分けるだなんて、ただの同居人みたい?私はそうは思わない。