5000枚のはがきを高速でさばいていく(写真提供:映画『幾春かけて老いゆかん 歌人馬場あき子の日々』より)

45年間、選者として携わっているのが『朝日新聞』の「朝日歌壇」だ。馬場のほか佐佐木幸綱氏ら4人が、毎月寄せられる5000通の短歌の中から、一選者につき20首の秀歌を選んでいる。

その様子が馬場の1年間を追ったドキュメンタリー映画『幾春かけて老いゆかん 歌人馬場あき子の日々』(監督・田代裕、5月27日公開)に収められている。一瞬で選歌し、良し悪しを判断していくその速さたるや、目を見張るほどだ。

――はがきを握った瞬間に、初句と結句が見えて良いものはわかるのよ。私の選歌の基準は明かしませんが、長年の経験で、これはというのがわかる。

コロナ禍では、感染を避けて家で選歌をしていたけれど、3月からはまた新聞社の会議室で、対面での選歌が再開します。やはりみんなで選歌するほうが楽しい。「さあ選ぶぞ」と戦闘態勢に入って、緊張しつつも高揚しますよ。

あっちのほうで「おおっ」と声が上がると、そのはがきの束がこっちに回ってくるのが楽しみになっちゃうのね。4人とも個性があって、みんなで会話のやりとりを楽しみながら選んでいます。

最近は若い人たちの「新語」も入ってくるので、困ることもありますね。日常語の略語や専門用語の略語は、言葉がわからないと選べない。その場でスマホを使って調べるのだけれど、やはり時間がかかります。調べるのに10~20分かかることもあって、時間との闘いです。言葉を調べると新しい知識に出会えるので、面白いですよ。でも、後々まで記憶に残るような言葉はほとんどありませんね。

今、若い人の間で短歌ブームと言われるけれど、明るいブームじゃない。孤独なの。若い人の歌を読むと、10首あれば1首必ず「死の歌」が入ってくる。それから孤独、断絶、絶望……。うまいけれど、悲しい歌が多いです。今の世の中は、若い人の感性の底に不安や孤独や死のイメージが入りやすい。社会がものすごく悪いから。若い世代の沈没を何とかしなきゃいけない。

『朝日』のほかにも『新潟日報』と『岩手日報』の選者も手掛けています。こちらの投稿者からは、全国紙の読者とは違う熱量を感じますね。おそらく、言葉でうまく表現しようとは思っていない。技術はなくても懸命に詠んでいる、そのまっすぐさが伝わってくるから、ベッドの中に持ち込んでまで大事に選んでいます。

新潟のある高齢の男性は、日本海、アルプス、空、千鳥と同じ題材で週に50枚のはがきを書いて送ってくる。1枚に3首書いてあるから、全部で150首も詠んでいて、ほとんど同じような歌です。それが、自分の生きている証なのだと思う。詠まざるをえない、強い情熱。

そして、そのはがきをおじいちゃんのために買い、投函する家族の姿が見えて、とても興味深い。岩手は石川啄木、宮沢賢治を生み、新潟は会津八一、宮柊二を輩出した県ですから、県民性も見えて面白いです。