「保護と平等」を巡って

国連では、女性差別撤廃条約の審議が進むなか「保護と平等」を巡り激論が交わされていた。男女の平等に関する考え方が、各国で異なっていたのだ。

『市川房枝、そこから続く「長い列」──参政権からジェンダー平等まで』(著:野村 浩子/亜紀書房)

女性の権利を否定する根拠となっていたのは国を問わず、「女性は感情的で論理性に欠けるから政治参加にふさわしくない」といった「特性論」と、「女性の役割は家庭を守ることである」といった「役割論」だと、法女性学で知られる金城清子(津田塾大学元教授)はいう。以下、『女性の権利の歴史』の金城の解説に沿って、国連での議論を概観する。

男女の「特性」や「役割」を前提とした男女平等論は「機能平等論」と呼ばれている。機能平等論は長らく男女平等の考え方の主流であり、国連も初期はそうした考え方に立脚していた。

ところがこれに対して、特性や役割を前提とする機能平等論は現実には女性の社会参加を阻むものであり、女性のみならず男性にとっても自由な選択を阻むものだとする考え方が生まれる。

1950年代に入り見直しの議論が始まり、女性に対する保護は、妊娠・出産前後の期間ならびに授乳期間に限るべきであるという論が台頭する。過重な保護は使用者が女性の雇用を避ける傾向を生み、女性は労働市場で不利益を被り、結果的には女性差別につながるとする。