茂住 そういう意味では、僕らの部屋は部外者入室禁止。情報が漏洩してはいけないので、机も両脇をパーテーションで区切ってあり、個室のような環境になっています。

木下 日々のお仕事で、大切だと思われることは何ですか?

茂住 プロ意識を持つことですね。自分は文字を書くプロだと思っています。プロというのは与えられた時間、制約の中でベストの力を発揮しようと心がけるものですよね。

木下 集中力を高めるために、習慣にしていることはありますか?

茂住 書くという行為のためには、日頃から心身ともにいいコンディションを保っておく必要がある。職場や大学で書道を教える時などは、授業の始めと終わりに、皆で黙想するようにしています。あとは酒飲みが言うのも変ですが(笑)、風邪に気をつけたり、世の中に漂う邪気も祓わなければなりません。まがまがしいものには触れないように、すぅっと自分から避けるようにしています。

木下 (笑)。祓うのですね。

茂住 毎朝、自宅の神棚に榊を上げて手を合わせ、両手に塗香をしてから通勤しています。

 

「令和」を書いた時の緊張感

右/新たに揮毫し、署名、印を押した「令和」 左/新元号の出典となった『万葉集』の序文の一部を漢字かな交じりで揮毫した書

木下 新元号を書くことが決まって、精神的にはどうでしたか?

茂住 あくまで業務の一環とはいえ、元号を書くというのは特別な仕事です。正直な話、揮毫する4日くらい前に一度恐怖心に襲われました。先ほど、「自分はプロ」と言いましたけど、「自分が書くしかないんだ」と思い詰めて、逃げたくなってしまい……。長年、書に携わってきたとはいえ、「自分の不得意な文字が新元号に使われたらどうしよう」と。まあ一晩寝たら、「いつも通り、普通に書けばいいんだ」と、吹っ切れました。

木下 平常心というか、あたり前のことを心乱さずに行う。大切ですね。

茂住 「事前に知らされていたんでしょう」とおっしゃる方もいますけど、だったら、もっとうまく書けてます(笑)。ただ、新元号を書く部屋の環境は事前にチェックしに行きました。トップシークレットですから、いつもの部屋ではなく、官邸の中で書いたのです。その部屋の机がどれくらいの高さなのか、空調はどうか。墨で書いた字が乾くのにどれくらいの時間がかかるのかを調べておく必要があったので。